「ハート・ロッカー」訴訟で原告敗訴

2011.10.15


 military.comによれば、映画「ハート・ロッカー」を、ジェフリー・セーバー(Jeffrey Sarver)が「映画が自分の経験に基づいている」と主張した訴訟に判決が下り、訴えは却下されました。

 地方裁判所のジャクリーン・グエン裁判長(U.S. District Judge Jacqueline Nguyen)による判決は、セーバーの裁判を終わらせました。セーバーは脚本家、マーク・ボール(Mark Boal)が彼に基づいており、セーバーが誤った視点で描かれ、同僚たちからの嘲笑を招いたと主張しました。

 グエン裁判長はこれらの主張を却下して、セーバーはこの裁判を進行させても勝訴しそうにないと裁定しました。「『ハート・ロッカー』の価値は疑いなく、着想し、執筆し、監督し、編集し、制作をした、脚本家、監督、制作者の想像力と技術に由来しました」とグエン裁判長は22ページの意見書で書きました。

 ボールは声明の中で「『ハート・ロッカー』はイラクやその他の場所で取材した間に私が会い、インタビューした多くの兵士に触発されました」「彼が作品のヒーローの元となった唯一の兵士だというセーバー曹長の主張は他のすべての兵士への仕打ちでした。私は法廷が訴えを却下することを望みます」。

 セーバーの代理人、トッド・ウェグラーツ弁護士(Attorney Todd Weglarz)は、彼は最低に失望し、上訴したいと言いました。「私たちはセーバー曹長と他の軍のメンバーの権利と彼らの家族のプライバシーを代理することを止めるつもりはありません」。彼はグエン裁判長が今年早くにセーバーの訴訟のすべてを却下しないという仮の判決を出しながら、最終的な判決ではそうしたことを指摘しました。ウェグラーツ弁護士は裁判が陪審員によって決定されるべきだと考えると言いました。

 作品の出資者と制作者のニコラス・シェルチェ(Nicholas Chartier)とグレッグ・シャピオ(Greg Shapiro)の代理人、ティム・ゴーリー弁護士(Tim Gorry)はグエン裁判長の判決は映画制作者のために憲法修正第1条の保護を補強すると言いました。「こうした訴訟がすべての芸術の創造的な表現にあたえる萎縮効果を減らさなければなりません(chilling effect・法学用語。刑罰を恐れて行動が制約されること)」。

 ボールと制作者は繰り返してセーバーの主張を否定し、訴訟の却下を求めました。グエン裁判長の裁定で、彼らは弁護士費用を与えられました。

 ボールとキャスリン・ビグロー監督(Kathryn Bigelow)の代理人、エレミヤ・レノルズ弁護士(Attorney Jeremiah Reynolds)は判決は映画制作者にとって大きな勝利だと言いました。「芸術家は、無益な訴訟を恐れて、現実に基づかないすべてが空想の世界を創ることを強いられてはなりません」。

 法廷書類の中で、セーバーはジェレミー・レナーが演じたキャラクターの起訴としたことが、彼の評判を害し、彼の人生を危険にしたと言いました。「被告は私の現在と将来の戦地派遣の軍服と防爆服の背後で効果的に大成功を収めました」とセーバーは3月にアフガニスタンで署名した宣誓証言で書きました。

 ボールは2004年にセーバーの部隊に従軍取材し、セーバーと他の爆弾処理専門家をプレイボーイ誌の「防爆服の男」という記事に書きました。

 セーバーはボールが他の爆弾専門家を信用せず、彼にだけ話を聞きたがったと主張しました。


 この裁判については当サイトでも紹介していました(過去の記事はこちら)。私はこの作品の劇場用パンフレットに解説文を書いたので、この作品に愛着があります。

 結局、裁判になったのですね。裁判を起こすという記事の後、私はこれは和解に持ち込むための戦術で、裁判にはならないとも考えていました。裁判を主張したのがアカデミー賞授賞式直前で、作品がノミネートされていた制作者たちには、最も都合の悪い時期でした。戦地で戦う兵士の言い分が最も通りやすいタイミングです。なにかと軍人が優遇されるアメリカでは、こうした一種の甘えが表出する場合があります。裁判を起こすと主張することで交渉の場を持ち、適当な額の賠償金を勝ち取って裁判は取り下げるというやり方にも見えたのです。しかし、原告は裁判をやり抜くつもりだったのです。

 それにしても、完全な敗訴でした。弁護士費用は被告側が請求しない限り払わない仕組みでしょうし、多分、請求は行われないでしょう。

 「ハート・ロッカー」は多分に架空の設定を多く含む作品です。爆弾処理のやり方が正確に描かれているのはファーストシーンだけで、それ以降は実際にはやらない方法を用いています。それは制作者が不勉強で、描写が不正確なのではなく、爆弾処理の危険性を高めるための工夫です。それらについては、過去に当サイトで論じてきました(記事)。これ以外にも記事はいくつもありますので、映画のタイトルで当サイトを検索して探し出すとよいでしょう(トップページのしたに検索フィールドがあります)。だから、セーバーが主人公は自分だと言っても、それが通るとは思えないというのが私の主張です。



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