退役軍人記念碑の旗で論争

2010.9.25
追加 2010.9.27 5:50

 military.comによれば、アメリカで、また軍とキリスト教の関係を象徴する事件が起こりました。

 一部を除いて、原文をそのまま訳します。

 ノースカロライナ州キング市の退役軍人記念碑に、キリスト教の旗が掲げられていることに不満を述べたアフガニスタン戦争の退役軍人は、ノースカロライナ州が墓標の横で跪く兵士を表した小さな像から十字架を除去することも望みました。

 キング市に住む氏名が公表されていない退役軍人は、金曜日に市への電話で、十字架に対して不満を述べました。退役軍人の二番目の要求は、公共の場に何を展示できるかについて、最新の議論を呼びました。

 市当局は、セントラル・パークの記念碑から旗を取り除くという先週のキング市議会の決定に驚いた住民からの電話と電子メールを何十件も受け取りました。決定に反対する住民200人以上が月曜日に記念碑前で集会を開きました。来月、別の集会が予定されています。

 市議会は、憲法修正条項第1条に抵触するという、市の法律顧問ウォルター・W・ピット(Walter W. Pitt Jr.)の助言で、キリスト教の旗を下ろしました。市当局は、「アメリカ自由人権協会(the American Civil Liberties Union)」と「教会と国家の分離ためのアメリカ連合(the Americans United for the Separation of Church and State)」から旗を下ろすよう求める手紙を受け取りました。

 退役軍人は、ジョン・カーター市政代行官(City Manager John Cater)に、夏初めに記念碑のキリスト教旗に不満を述べた人物です。8月2日、市議会は、後で旗を除去すると決定するまでは旗を掲げたままにすることを3対0で可決しました。

 その退役軍人は「FOX8/WGHP」に「形態に関係なく、政府には、どのような宗教的信条も、国民に負わせる権利はないことに注意を集めるため」に旗に抗議したと言いました彼は、家族と仕事を守るためにフルネームを言いませんでした。

 

 市議会は小像について調査中で、対応を模索中です。

 退役軍人会「アメリカン・レギオン(American Legion)第290支部」のジム・ラズモンド(Jim Rasmond)は、記念碑から旗を取り除かないて欲しいと言います。「我々はこれを下ろしたくない」「私はひとりの者が我々すべてにどうしろと言うと思わない」とラズモンドは言いました。

 アメリカン・レギオンの支部は、2年前に記念碑隣に像を設置しました。どちらも市が所有する土地にあります。退役軍人記念碑は2004年に約300,000ドルをかけて建てられました。アメリカン・レギオンが個人的な寄付で資金を集め、市は同団体にセントラルパークの土地を使用する許可を出しました。

 アメリカン・レギオンのボビー・クロウ・マッギー(Bobby "Crow" McGee)は、2004年6月に、記念碑にキリスト教旗をあげる議論をした5人の委員の1人です。委員会は、記念碑には個人的な資金が使われていることを理由に、法的なアドレスを受けずに、旗をあげる決定をしました。「この夏までは文句一つなかった」とマッギーは言います。

 市が先週、旗を下ろしたあと、ドナ・モアフィールド(Donna Moorefield)はイースト・キング・ストリートの、自分が経営する「King's Cabin Salon and Day Spa」に2つのキリスト教旗をあげました。「(市は)我々に、それを公共の場所に置けないと言いました」「ここは私有地です。私はクリスチャンです。私は好きな日に私が選んだ退役旗を揚げられます」

 サウス・メインストリートの「the King Drug Co.」で、アーリーン・オースチン(Arlene Austin)は、市が旗に対する態度を再考し、記念碑に再び旗を揚げてほしいと言います。「彼らは(市議会)は大変な間違いをしました」と、オースチンは言いました。

 教会と国家の分離ためのアメリカ連合は、キング市が再び旗を記念碑にあげたら、訴訟を起こすことを検討するでしょうと、同団体の理事バリー・W・リン(Barry W. Lynn)は言います。「彼らは正しいことをしました」「彼らが決定を翻すなら、とても残念なことになるでしょう」。

 ノースカロライナ州のアメリカ自由人権協会の法務部長、キャサリン・パーカー(Katherine Parker)は、市が決定を翻した場合、どんな行動をとるかについて、コメントを辞退しました。議会の行動は「すべての個人の権利を守ります」「行政が特定の宗教を他よりも後援するなら、それは信心をする、すべての人の権利を侵害します」とパーカーは言います。


 この問題は、対テロ戦争と比較すると、それほど大きな問題ではないように思われるかも知れません。ここで取り上げるのは、戦争には様々な部分で宗教が深く関わっていることを認識して欲しいからです。

 また、アメリカでは、しばしば公共の場所にキリスト教関係のオブジェクトが展示され、問題になることがあります。クリスマスシーズンになると、空港のように様々な宗教を信仰する人が利用する場所に、クリスマスツリーが飾られます。これはキリスト教以外の人に無配慮だという議論が、確か昨年あったと記憶します。この事件もそうした論争の一つです。

 この2点が、この問題のポイントです。

 日本では、軍事は科学的なもので、それは宗教とは無縁なものだという認識が一般的です。日本人では、どちらかというと、宗教などに興味がない人が軍事に関心を持ちます。しかし、軍事問題は実は首までどっぷりと宗教に浸かっているのです。このため、軍隊には従軍聖職者を置き、兵士が臨終の際に対処できるようにしています。ジュネーブ条約では、捕虜取り扱いに関してすら、宗教の自由が最大限に認められるように配慮しています。兵士が戦地に赴くとき、自分の生死を顧みると、科学的というよりは宗教的な考え方に傾倒するのは必然です。よって、戦争と宗教は密接な関係を保ち続けるわけです。

 対テロ戦争はイスラム教とキリスト教の対決という側面がつきまといます。米政府は、そういう見方を否定していますが、未だにそれから抜け切れていません。米政府が、ブッシュ政権時からイスラム教とキリスト教の戦いではないと言い続けているにも関わらず、関連する事件が続発しました。先だっての、コーランを焼くイベント(関連記事はこちら)、正式小銃の照準器に、メーカーが聖書からの引用を刻印していた事件(関連記事はこちら)。どの事件も、それぞれの宗教の象徴的な部分が原因となっています。今回の事件もまた然りです。

 キング市役所のホームページ(サイトはこちら)を見ると、問題の記念碑は一辺が10m程度の五角形の形をしています。Google Earthでも位置を確認できます(kmzファイルはこちら)。市ホームページによると、五角形は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊の五軍を表しています。五角形の頂点に掲げられる旗は、各軍の旗です。その内側に立っている旗の中にキリスト教の旗があります。記事中に挿入したFOX8のニュース映像で、記念碑の形がよく分かります。

 問題の小像は、立体的な像ではなく、兵士と十字架の形に切り抜かれた鉄板を立てて固定しただけです。宗教性というよりは、芸術性の欠如を問題にした方がよさそうな素朴なものです。

 セントラルパークでは、戦没者追悼記念日(5月)、独立記念日(7月)、愛国記念日(9月)、キングフェスト祝賀会(10月)、復員軍人の日(11月)、クリスマスツリー点灯式(12月)が行われます。この公園で行われる軍人が参加するイベントの来場者が、戦没者に想いを馳せるために記念碑が設けられたのであり、それについては、相当な理由が認められます。

 記念碑はセントラルパークの中にあり、常に人目にさらされる場所にあるわけではないようです。普通に道を歩いていると、嫌でも目に入るというものではありません。

 それでも、来園者が不快に感じる可能性は否定できません。また、土地が市所有で、記念碑が個人の寄付で建てられたことも問題を複雑にしています。

 「アメリカ自由人権協会」は非常に有名な団体です。military.comによれば、レズビアンの空軍少佐の復隊を連邦判事が命じました。クリントン政権が代替政策として定めた「聞かない、言わない政策(don't ask, don't tell)」に基づく除隊は無効とされたのです。原告の弁護を務めたのが、この団体の弁護士でした。「アメリカ自由人権協会」は、過去にも重要な政治的判断に関わってきました。ここが事態を問題視している以上、キング市も慎重に対応しようとするでしょう。「教会と国家の分離ためのアメリカ連合」の方は、フェイスブックしかなくて、活動内容がよく分かりません。

 もう一つの問題は、議論が退役軍人からなされたことです。民間人が同じ主張をした場合、左翼と疑われることになったでしょう。映画「ハート・ロッカー」で、原作者の取材に応じた軍人が訴訟を起こしたのは、訴訟で勝つことよりも、訴訟すると宣言することで和解を狙っているのです。アメリカでは、民事訴訟になる前に双方の弁護士が和解の交渉をして、判決で支払われる賠償金・慰謝料よりも低額の金で決着することがよくあります。この事件では、アカデミー賞授賞式の直前に、元兵士が訴えを起こすことで、最大のインパクトを狙ったのです。

 さらに、興味深いのが地元の反応です。南部の保守的な地域では、この告発に対する風当たりが強いことは、容易に想像できます。告発者が匿名を通しているのも、そのためです。「King's Cabin Salon and Day Spa」のホームページを見てください。ごく普通の美容です。ここの経営者がキリスト教の旗を掲げる気になったのは、地元への貢献を考えるからでしょう。ビジネスで成功した人が次に考えるのが、周辺地域への貢献です。金銭的な成功の次には尊敬を求めるものです。アメリカのような国では、それは国防を担う軍人への支援という形で現れることがあります。アメリカにとって、国防はヨーロッパの支配を断ち切って、独立を勝ち取ったことを想起させます。現在の戦争は当時の戦争とかなり違いますが、これがアメリカ人が持つ基本的な国防のイメージです。よって、それを否定することなど、社会的な成功を試みる人にとって考えられないわけです。

 しかし、そうした支援は、比較的実行が簡単なところで現れるものです。重い後遺症を持つ退役軍人の介護をする人はほとんどいません。旗を揚げる程度の軽い活動に制限されるのです。これが時として、的外れな騒動を引き起こすことがあります。この事件も、エスカレートする危険を秘めていて、さらなる騒動が起きるかも知れません。私が「銃後の狂騒」と呼ぶ問題です。

 この種の騒動は日本では別の形で起こります。沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、総理官邸近くで包丁を持ち、この件で抗議に来た男が逮捕されています。



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