「俺がやらなきゃ誰がやる」 アメリカのかくも病的な人々

2010.6.17

 military.comが、ビンラディンを殺そうとした男の続報と、別の奇妙な行動を行った男の記事を報じています。

 パキスタンに渡航し、逮捕されたゲイリー・ブルックス・フォークナー(Gary Brooks Faulkner)は、オサマ・ビンラディンを殺せという神の命令を受けたと主張しています(記事はこちら)。人のパキスタン治安当局者、1人はフォークナーを調査しているチームの1人は、ゲイリーが神が夢の中で彼にアルカイダの指導者を探すためにパキスタンへ渡れと命じたと述べていることを明らかにしました。彼の兄弟、スコット・フォークナー(Scott Faulkner)は、ビンラディンを捕らえることは彼の情熱だと言いました。親類と知人は、投獄歴のある熱心なキリスト教徒であるゲイリーは、少なくとも6回、パキスタンに行き、地元の言葉の一部を学び、溶け込むために長い髭まで生やしたと言いました。

 フォークナーの兄姉ディアナ・M・フォークナー(Deanna M. Faulkner)は、彼が腎臓病で、腎臓が9%しか機能していないと言います。ディアナはパキスタンが彼に透析をしないと危険な状態になることを心配していますが、パキスタンの医師は彼の病状は致命的ではないと判断しました。米当局は領事がゲイリーに面会を求めており、実現すれば治療を援助できると言います。スコットは、ゲイリーが同時多発テロの鮮明な記憶を保持しており、彼の捜索には真剣でしたが、合理的だったと言います。スコットが5月30日にデンバーの空港までゲイリーを送った時、2人はゲイリーが生きて還らない可能性を話し合いました。スコットは「彼はあなたや私と同じくらい普通です」「彼は非常に情熱的なだけです」。スコットは、彼とゲイリーは渡航のためにゲイリーの道具をすべて売り、パキスタンで死ぬ準備を終えていると言います。スコットは、ゲイリーは観光ビザを持っており、パキスタン内で武器を手に入れ、聖書とプラスチックの手錠だけを持っていったと言います。ゲイリーは未だいかなる犯罪の嫌疑を受けていませんが、警察は少量のハシッシュを押収したと言います。

 ゲイリーは1981〜1993年にコロラド州刑務所にいました。強盗、窃盗、仮釈放違反、異なる刑期で合計約7年間を務めました。

 もう一件の事件では、自分の車に地雷、手榴弾、暗視装置、軍用レーザー照準器を積んでいた男が、米陸軍のフォート・ゴードン基地(Fort Gordon)で逮捕されました(記事はこちら)。連邦捜査官によると、アンソニー・トッド・サクソン(Anthony Todd Saxon、34歳)は、二等曹長の制服を着て、軍用ライフル銃の赤外線レーザー照準器を盗もうとしました。軍当局は事件をテロとは考えていません。事前の前日、フロリダで無許可離隊(AWOL)の隊員が偽のIDと武器を使って空軍基地に入ろうとして逮捕されましたが、この事件との関連はないとみられます。


 どうも、ゲイリー・フォークナーの周囲も少し変な人ばかりみたいです。夢のお告げの類は、本人の強い願望を示しているに過ぎません。同時多発テロを現場で体験したとか、テレビでみたといった体験から、ビンラディンを暗殺しなければならないと強く感じると、それが夢に出てきてもおかしくはありません。それを本当の神のお告げと考えるようでは、すでに冷静さを失っているとしか言えません。記事にはゲイリーの顔写真が載っています。これはおそらく、パキスタン当局が公表した最新の写真でしょう。狂信的な印象よりは、穏やかな印象が強いのですが、私には気になる部分があります。彼は刑務所で教誨師の説教に目覚め、強い信仰心を持つようになったと想像することは可能です。そういう人物は自分の罪を精算したくて、普通の人以上の行動に出る場合があります。これが社会奉仕活動に出た場合は、周囲の尊敬を勝ち取るのですが、暗殺では逆効果です。

 紛争地域で支援活動中の活動家や取材中のジャーナリストが武装勢力に捕らえられると、日本では彼らを非難する声があがりますが、これは戦争に関する国際法に無知な意見に過ぎません。ゲイリーの行動を称賛する人も同じです。ゲイリーの行動は支援活動や報道活動と同列には考えられません。支援や取材などの活動は国際法でも保護の対象とされていますが、暗殺は認められていません。そもそも、民間人によるテロ指導者の暗殺は国際法でも想定外の話です。民間軍事会社の武装警備員が国際法上問題があるとされるのと、ゲイリーの行動の問題点はほぼ同等と言えます。

 サクソンの事件は、おそらく、民兵組織か何かに関係があると考えます。民兵組織というと、発展途上国のものと考えがちですが、実はアメリカこそ民兵文化の地です。アメリカ独立を勝ち取ったのは、自発的に集まった民兵で、政府軍ではありませんでした。国民に武装する権利があるとする米憲法の規定は、こうした歴史から生まれました。下手すると、連邦政府よりも民兵組織を重視する人たちもいます。ティモシー・マクベイを主犯とするオクラホマ州の連邦ビル爆破事件の犯人たちも、銃規制に反対し、民兵組織を支持した結果、アメリカで最悪のテロ事件を引き起こしました。こういう思想に陥ると、法律など関係なく、目的のために突っ走るだけです。こうした発想は、日本でも起こり得ます。かつて旧陸軍の青年将校が、天皇が側近たちに囲まれ、真実を知らされていないと思い込んで暴走したのと、ゲイリーたちの行動には共通点があります。軍事問題では、こういう行動は状況をより悪化させる方向にしか作用しません。いまでも、マスコミは視聴率を稼ぐためだけに、こうした心理を利用して政治番組を演出しており、それに引っかかっている人を、私は時々目にします。


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