北朝鮮海軍の限界を示す天安事件

2010.5.25


 天安事件に関する報道は、朝鮮日報の特集記事がよくまとまっています(記事はこちら)。

 米韓による陰謀説まで出ているこの事件ですが、北朝鮮の犯行と断定する証拠は十分に出ていると思われます。時間が経つと記事が削除されるかも知れないので、今のうちに読むことをお勧めします。また、調査報告書がpdfファイルで読むことができます(pdfファイルはこちら)。船体破壊の調査結果も同様に公開されています(pdfファイルはこちら)。

 攻撃を行ったのはヨノ型潜水艇で、CHT-02D魚雷を天安の左舷側3kmの距離、水深10mから発射し、爆発は天安の船体下3mで起きたと推定されています。ヨノ型潜水艇と母船が攻撃の2〜3日前に基地を離れ、攻撃から2~3日後に帰投したこと、現場海底から回収されたのがCHT-02D魚雷の部品であり、ヨノ型潜水艇はCHT-02D魚雷を発射する能力を持つといったことからの推定です。韓国はよく調べたと思います。魚雷のスクリューに付着したアルミニウム合金が天安の船体にも付着していることや、火薬の成分についても調査されています。軍事上の立証としては、これで十分だと言えます。

 Google Earthで関係する場所を把握しておくとよいでしょう。琵琶串海軍基地(kmzファイルはこちら)の位置は重要です。ここから海岸沿いに南下すると「Baegryeong-do」という島があります。これが「白翎島(ベンニョントウ)」で、この島の南西海域が事件現場です。琵琶串海軍基地を拡大してみると、潜水艦が係留されているのが分かります。サイズからすると、3隻並んでいるのが恐らくはロメオ級潜水艦、その隣に1隻だけあるのがサンオ型潜水艦、その南側に6隻繋留されているのがヨノ型潜水艇と推定できます。

 韓国が北朝鮮の調査団を受け入れないことに疑問を感じる人がいるかも知れません。ですが、この調査団は韓国の調査結果を貶めるために派遣されるのが分かり切っています。彼らは一通り証拠類を見聞した後で声明を発表し、可能な限りの表現を用いて調査結果を侮辱して帰国するのです。こうした政治ショーに利用されることが分かっているのを、韓国政府が受け入れないのは理解できることです。

 北朝鮮の魚雷の破壊力に驚く声も出ているようで、北朝鮮の戦闘能力の高さを評価する報道もあります。しかし、これは拙速すぎる話です。魚雷の攻撃力は、今回示されたのが普通の破壊力なのであり、特に著しいものとは言えません。過去と違い、最近の魚雷は威力が強力で、船体は速度を重視して装甲をなくしています。このため、魚雷攻撃は一発轟沈が普通です。

 私は以前から、北朝鮮の水上戦闘能力を低いと書いてきました。これはアメリカの支援を得る日本や韓国と本格的な水上戦闘を行った場合の話です。そのためには、北朝鮮軍の艦船は、かなりの距離を移動し、敵を捕捉して攻撃する必要があります。こういう能力は、彼らにはほとんどありません。逆に、沿岸防衛力に関しては、北朝鮮は高い能力を持っています。その主力兵器は魚雷であり、北朝鮮は魚雷を発射できる艦船(魚雷艇、潜水艇、潜水艦等)を多数保有しているのです。つまり、沿岸近くに接近した敵に肉薄し、魚雷を発射することで、敵を本土にあげないという考え方です。北朝鮮海軍はそのために命を捨てる教育を受けているのです。今回の攻撃は基地から直線距離で80km程度の場所で行い、移動の大半は北朝鮮沿岸を南下すれば済みます。これは沿岸防衛の延長線の範疇で、この程度の作戦能力が北朝鮮にあることは、特に不思議ではありません。

 私は今回の事件は、北朝鮮海軍の限界を示していると思いました。本土近くでしか作戦を展開できないのは、北朝鮮軍の歴史でもあり、今回もまた例外ではありませんでした。1993年にサンオ型潜水艦が韓国に侵入した江陵浸透事件も、北朝鮮に近い場所で起こりました。天安を狙ったのも、旧式で探知能力も低いと判断できたからでしょう。静粛を保って韓国軍の艦船が通るのを待ち、潮流が弱まった時間帯で適当な目標を攻撃するという方法を用いたのです。北朝鮮が仕掛けた緊張のゲームに引っかからないことです。

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