同性愛差別撤廃で従軍牧師の悩みとは

2010.11.1

 最近紹介していませんが、同性愛者の差別撤廃に関しては、次々と様々な動きが出てきています。先日は、大半の隊員とその家族が同性愛者と一緒に働くことを嫌っていないとの研究報告もありました。military.comが、退役した従軍牧師たちの発言を報じました。様々な問題を含んだ記事なので、以下に全文を紹介します。

 大勢の退役従軍牧師は、「聞かない・言わない政策("don't ask, don't tell" policy)」が廃止されれば、同性愛を罪だと考える牧師にとって、神と米軍の両方に仕えることができなくなると言います。

 牧師が同性愛に反対だという説教をすれば、おそらく軍の差別禁止方針の偏見をもつ者として懲戒を受けると、退役牧師は言います。しかし、国防総省は、牧師の宗教的信条とそれらを表明する責務は尊重されると言います。

 彼らの教会が彼らの承認を取り消せば聖職者は牧師として勤務するのに不適格になるでしょうし、一部は「聞かない・言わない政策」が終われば、そうすると脅してきました。同性愛の兵士が公然と勤務するのを認めることを批判する人たちは、聖職者が軍を辞めたり、軍隊の中で彼らの信条と関係のない仕事を探すのを強いられることを恐れます。

 「根本は信教の自由です」と、バラク・オバマ大統領とロバート・ゲーツ国防長官に「聞かない・言わない政策」を維持するように促す手紙に署名した65人の元牧師の1人のダグラス・リー退役陸軍准将(retired Army Brig. Gen. Douglas Lee)は言いました。連邦判事は今月、この政策を廃止しましたが、連邦政府が判決に上訴する間は有効です。1993年の法律で、軍は隊員の性的指向を調べたり、それを自分自身の中に留めておく限りは処罰できません。オバマ大統領は法律の撤廃を熱望しますが、議会が行うのを望んでいます。

 禁止令に反対する者たちは、従軍牧師は全員が同じ信条を共有する教会区とは違う仕事を持っていると異論を唱えます。彼らは、熱心なイスラム教徒から無神論者まで、すべての信条を尊重し、すべての隊員の面倒をみなければなりません。

 「私の心は、これらの牧師たちのためには痛みません」と「軍隊の信教の自由財団(the Military Religious Freedom Foundation)」のマイキー・ウェィンシュテイン(Mikey Weinstein)は言いました。「それが気に入らないなら、すごく簡単な解決があります。軍服を畳んで、事務的処理を行い、何か他にすることを見つけるのです」。

 ノースカロライナ州のフォート・ブラッグ陸軍基地と米軍従軍牧師委員会(the Armed Forces Chaplains Board)は、この問題に関する現役従軍牧師へのインタビューの申し込みに答えませんでした。オバマとゲーツに手紙を書いた退役牧師のグループは、現役の牧師が公に「聞かない・言わない政策」の撤廃に反対すると、不服従で訴えられるかも知れないから意見を述べていると言いました。

 「(ほとんどではないにしろ)多くの牧師は、彼らは神に従うか、仲間に従うか、という本当に難しい倫理的な選択に直面するでしょう」と、彼らは9月16日の手紙に書きました。

 国防総省は、「聞かない・言わない政策」の終焉に起因する牧師との潜在的な対立にどう取り組むつもりかを具体的に言っていませんが、国防総省の広報官アイリーン・ライネス(Eileen Lainez)は、軍は牧師に信教を口にしないよう強制しないと言いました。「牧師は彼らの信条が命じるものに従って話すことが許されています」と彼女は言いました。

 「多大なる洞察と共に、牧師は、当省の歴史を通して、信仰グループの必要要件と国防総省の要求をうまく両立する方法を見出してきました」とライネスは言いました。「何か不適切だと感じる隊員は、懸念を表明するために、常に指揮系統、監察官やその他の既存システムを活用できます」。

 聖職者のメンバーは独立以来、米兵の面倒をみてきました。約3,000人の牧師が現役で、大半は神学的に保守的な信条と団体の出身です。

 陸軍、米軍最大の部門では、最大の宗派は南部バプテスト会議(the Southern Baptist Convention)で、約450人の現役牧師がいます。次はローマ・カトリック教会(Roman Catholic Church)で270人、全福音ペンテコステ教会(the Full Gospel Pentecostal church)、長老派及びプロテスタント派教会(Presbyterian and Reformed churches)、アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団(Assemblies of God)です。

 国防総省広報官は、牧師は役割を努めるために、彼らの教会や宗教団体からの承認を受けなければならないと言いました。教会が承認を取り消せば、軍は保守的が軍を辞める手続きを始めます。

 いくつかの宗派は、公然と同性愛者の兵士と対面する牧師の潜在的な対立の長いリストをあげて、すでにそうした手順を踏むと脅しています。

 南部バプテスト集会、ローマ・カトリック教会、アメリカ正統派教会(the Orthodox Church in America)、アメリカ長老派教会(the Presbyterian Church in America)、米国ラビ協議会(the Rabbinical Alliance of America)、は今年、聞かない・言わない政策の撤廃は彼らの牧師に、神に仕えるか、軍に仕えるかの選択を強いるかも知れないという彼らの懸念を、声明を出すか、オバマ政権に向けて手紙を書すかしました。

 たとえは、アメリカ正統派教会は同性愛者を非難し、その聖職者がカウンセリングを受けようとする同性愛の人に取るべき適切な行動は、彼らを懺悔に導き、同性愛のライフスタイルを放棄させることだと命じています。

 「こうした態度が『偏見』や同性愛者の非難、『差別的な言葉』などとされるならば、我々はすべての牧師を軍から引き上げさせるでしょう」と、教会は5月に国防総省に通知しました。

 カトリック教会は同様に同性愛の行為を罪悪とみなします。

 「これはカトリック派の牧師は同性愛指向の人のために同情を示さなければならないことを意味しますが決して許容できません。たとえ口に出さない同性愛行為でもです」と、ティモシー・ブログリオ大司教(Archbishop Timothy Broglio)は、聞かない・言わない政策を変えないように要請した6月の手紙の中で言いました。ブログリオ大司教は、軍隊用の大司教区を率い、教会の軍隊への連絡役の長です。

 「変化は説教だけでなく、教室でも、兵舎で、そしてオフィスで、牧師の役割にネガティブな効果を及ぼしかねません」とブログリオ大司教は書きました。

 牧師を含む軍隊のすべての将校は、年次報告書で評価されます。判断基準の一つは、将校が軍の機会均等政策を支援したかです。ゲイとレズビアンがこの政策に含まれるなら、同性愛を非難する牧師の経歴は被害を被るかも知れません。

 「牧師として、宗教上の理由において、私はそれを支援できません。牧師として、私は結果に直面しようとしていることを意味します」と、元従軍牧師で、今はカンザス州ローレンスの恩寵福音長老派教会(Grace Evangelical Presbyterian Church)の牧師、デビッド・アップチャーチ退役大佐
(retired Col. David Upchurch)は言いました。

 退役牧師の手紙は、保守派の牧師が直面する数々の潜在的対立をあげました。

 ●軍隊生活で緊張した結婚のための、陸軍の「強い絆プログラム(Strong Bonds program)」の管理者として、牧師は同性の夫婦を含め始めなければならないのでしょうか?

 ●牧師は同性愛の兵士が礼拝で勤めを手伝うのを認めなければならないのでしょうか?

 ●牧師がすべての兵士の個人的な問題の相談を受けられなければならないのなら、同性愛に関する彼らの見識は沈黙を続けなければならないのでしょうか?

 海軍の退役牧師でキリスト連合教会(United Church of Christ)の牧師、ジョン・グランドラッチ大佐(Capt. John Gundlach)は、政策の廃止を支持し、保守的な彼の同僚の一部が描く問題を予見しません。

 「彼らは、善行や規律に反するために、軍隊の中のゲイやレズビアンの人たちに反対する意見を言えないという面倒にぶち当たったかも知れません」と彼は言います。「しかし、牧師は彼らの伝統に従い、彼ら自身の宗派のそれのために開催する礼拝で説教をする権利を持っています」。

 優秀な従軍牧師は全員の相談を受けなければならないと、退役空軍牧師で民間と軍の法律の相互関係を専門とするフロリダ大学の法学教授のダイアン・メーザー(Diane Mazur)は言います。「それは民間人の世界よりまったく違っており、聞かない・言わない政策の廃止は基本的な違いをまったく変えません」。

 しかし、リーは同性愛は、彼らが根本的に異なる信条を持つメンバーと共に働くときですら、牧師にとって存在しない対立を作り出すと言いました。こうした場合、牧師は彼らが礼拝を開催することで隊員を助けますが、彼ら自身の宗教上の伝統にない儀式は何も行いません。


 まず、言葉の問題について書きます。従軍牧師(military chaplain)の「牧師(chaplain)」は言うまでもなくプロテスタント派の聖職者を指す言葉です。しかし、米軍ではあらゆる宗教に対応する立場にある軍の聖職者を従軍牧師と呼びます。アメリカがプロテスタント派が建国した国なので、軍隊がその宗教的傾向を帯びるのは無理のないことです。そこで、私自身は「従軍聖職者」と書くのが好きなのですが、ここでは「従軍牧師」の方が問題をよりよく浮き彫りにすると思えたので、そのままにしました。

 以前から指摘していますが、キリスト教の世界観の中には男と女しかなく、その中間に位置する人たちは存在しません。人間の始まりはアダムとイブであり、それ以外は存在しないのです。科学が両性の身体的特徴を持つ人の存在を説明しても、宗教の最も根幹の部分で理解できないのです。そのため、米軍には同性愛者のセックスを禁じ、最高刑は死刑の軍法があり、その名称には聖書に登場する街「ソドム」からとられた「sodomy」がつけられています。聖書には、ソドムは道徳の紊乱により崩壊したと説明されており、道徳の紊乱は同性愛であったとされます。一部の研究者は、この解釈は間違っていると主張していますが、一般的な認識は変わっていません。私はこういう米軍の実態は宗教色が強すぎると感じています。米軍はある意味で、タリバンと同じように宗教的なのです。

 クリントン政権は、同性愛者は入隊できないし、入隊後に発覚すれば除隊という差別的制度の撤廃を掲げました。しかし、それは実現しなかったので、聞かない・言わない政策に切り替えました。だから、民主党としてはオバマ政権に賭けています。実現はするでしょうが、現場での混乱は続きます。

 仏教徒の私からすれば、牧師たちの悩みは大きな問題とは思えません。それは宗教というよりは寛容の問題に思えます。自分と考えが違う者に対してどうするかという問題です。それでも、牧師たちには解決できない対立なのです。最終的にはキリスト教そのものが聖書の解釈を変える日まで対立は続くのでしょうが、教会は滅多に聖書の解釈を変えません。それは遠い未来の話でしょう。



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