映画「マーシャル・ロー」が現実に?

2009.7.27



 military.comによれば、ニューヨーク・タイムズ紙が2002年にブッシュ政権がテロ容疑者を逮捕するために米軍部隊をニューヨーク郊外のバッファロー(Buffalo)に派遣することを検討したと報じました。(元記事はこちら

 逮捕の対象となったテロ容疑者は、後にラッカワナ・シックス(Lackawanna Six)として知られるようになった男です。ディック・チェイニー副大統領と数名の補佐官は、ワッカワナ・シックスを敵戦闘員とするために、米軍によって逮捕することを強く主張しました。匿名の政府高官によれば、この議題はブッシュ大統領が却下する前に少なくとも1回、政権の高レベルの会議に提案されました。街路の中に兵士を派遣することは事実上前代未聞です。憲法と様々な法律は、軍隊が国内で捜索を行い、不動産を差し押さえることを制限しています。2001年10月23日、チェイニー副大統領と補佐官たちは、司法省の覚書は、法執行よりもむしろ国家安全保障の観点から正当であるならば、ブッシュにアルカイダに対して軍隊を国内で使用する権限を与えたといいました。これを支持したのは、チェイニーの他に、法律顧問のデビッド・S・アディングトン(David S. Addington)、国防総省の高官数名でした。反対したのは安全保障補佐官のコンドリーザ・ライス(Condoleezza Rice)国家安全保障会議の主席法律顧問のジョン・B・ベリンガー3世(John B. Bellinger III)、FBI長官ロバート・S・ミューラー3世(Robert S. Mueller III)、司法省犯罪局の長だったマイケル・チャートフ(Michael Chertoff)でした。ブッシュ大統領はFBIにラッカワナと逮捕するよう命じたため、憲法が無視されることはありませんでした。デューク大学の国家安全保障法が専門のスコット・L・シリマン教授(Scott L. Silliman)は、アメリカは南北戦争以降、大統領が特別な法律の権限なしに、法執行のために現役の軍隊を国内領土に派遣したことはないと述べています。

 この記事を理解するためには、デンゼル・ワシントン主演の映画「マーシャル・ロー」をご覧になることをお勧めします。自著「ウォームービー・ガイド 映画で知る戦争と平和」でも取り上げた作品ですが、まさか一歩手前まで行っていたとは思いませんでした。

 テロ容疑者を逮捕するために米国内で軍隊を使えないのは意外だと感じる人がいるかも知れません。しかし、こうしたことはニュースでも見たことがないはずですし、小説や映画に描かれたこともありません。「マーシャル・ロー」は、テロ事件が起きたニューヨーク市に戒厳令が布告され、軍隊が出動するという架空の話を通じて、合衆国憲法の精神を描いています。この作品のクライマックスのセリフに、トマス・ジェファーソンの独立宣言まで登場するのは、アメリカ建国のあり方に、この問題が関係しているからです。正規軍が発達するのが遅れたアメリカでは、市民軍が果たした役割が評価されており、普遍的な認識となっています。このため、連邦軍は国内では一歩退くことになっているのです。あれほど強力な武器を持つ米軍に、このような制約がかけられているのは、日本人には不自然だと感じられるかも知れません。見方を変えると、このために、アメリカ人は米軍が海外で戦い、現地人が巻き添えで死んでも、米軍がアメリカを守ろうとしていると思うだけで、問題だと思わないという問題も起こります。これは、太平洋戦争中の日本人が、開戦の理由を知らないままに戦い続けていたことに共通します。実は、どの国も国防に関しては、こうした非論理的な性質があるのです。

 ブッシュ大統領が軍隊の使用を認めなかったのは、彼が賢明だったというよりは、常に周りの意見を聞いて折衷案をとるしか能がなかったからでしょう。さすがに憲法を無視するわけにもいかず、従来の手法を支持したのです。オバマ大統領なら、会議の議題にのぼることすら反対したでしょう。

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