アフガンに派遣される通訳の問題

2009.7.24



 軍事報道としては、あまり取り上げられない通訳の問題についてmilitary.comが報じています。

 カルフォルニア州の53歳のエンジニア、ジョシュ・ハビブ(Josh Habib)は、軍の通訳として雇われています。彼の半分の年齢の若者と共に40ポンド(約18kg)の荷物を担いで、摂氏46度の灼熱の中、ハビブはアフガニスタン南部で活動することになりました。彼は高収入の言語関係の仕事を望んだところ、リクルーターは何もヒントを与えずに、軍の通訳の仕事を手配しました。ハビブはカブールの北方30マイルにあるバグラム空軍基地で働くことになると説明されましたが、アフガンに着くとヘルマンド州に行く指示を受け、もし断れば、仕事を失うと説明されました。若干の通訳は60〜70代で、身体状況も不良で、いくらかは言語を正しく話せません。海兵隊員が飛行機から出てきた男性を帰国させた事例が記事に紹介されています。通訳を派遣する会社「Mission Essential Personnel」は南部に派遣された15,000人の部隊の需要にかなうのは難しいと述べています。「カテゴリーII」に属する機密取扱者の人物調査をクリアした米国市民である通訳は、年俸210,000ドルからはじまる報酬を得ます。通訳の能力の欠如は米軍を危機にさらしているという批判が軍から出ています。2000年の調査では、米国にパシュトウ語を話すアメリカ人は7,700人しかいません。2007年末に、この会社が仕事を引き継いだ時、通訳の充足率は41%だけでした、いまは97%になっていると、会社は主張します。

 国外の戦場における問題の一つが通訳だということは、かねてから理解されながら、放置されてきたことでした。これは、単に通訳派遣会社に発注すれば解決するような問題ではありません。そのことをこの記事は教えてくれます。映画「プラトーン」にジョニー・デップが演じた通訳が登場しますが、このシーンでは戦地での通訳の難しさが表現されています。米兵に豚を殺されたと文句を言った村長の妻を、トム・ベレンジャー演じる下士官が殺害する場面です。現地人とのコミュニケーションが上手く行かない時、現場指揮官はいらつき、蛮行に走ることがあるわけです。この映画では、方言を通訳が理解できないという問題も描いています。この映画に登場するのはベトナムでの戦闘を想定して、言語訓練も受けた兵士を持つ米陸軍第25歩兵師団ですが、軍の通訳であってもこのレベルでした。太平洋戦争でも、軍情報部が日本兵捕虜を尋問する場合、しばしば誤訳が起きて、誤った報告が流れたことが知られています。

 戦闘訓練の経験がない通訳安全なバグラム空軍基地とヘルマンド州の戦場とでは、安全の度合いが違うのは当然です。基地内にはクーラーがありますし、そこで捕虜の尋問の通訳をしていれば仕事になるわけです。ヘルマンド州をパトロールすれば、待ち伏せにあうこともあるでしょうし、死体を見ることもあるでしょう。210,000ドルの年俸なら、もっと頑張れという意見もあるかも知れませんが、現代の武器の強力さを身近で体験したことがある人なら、そんなことは言えないはずです。少なくとも、間近でライフル銃を発砲された経験がある私には言えないセリフです。そんな幻想を描くのは、玩具のエアガンで遊んでいる人たちだけです。

 古代の戦争のように、敵をすべて殺してしまうような戦いができない現代において、外国に深く入り込んで戦闘を行うような戦争は決して円滑に進まないことを理解しておくべきです。その最大の障壁は言語です。民族の定義は定めがたいといわれますが、それでも、言語、地域、経済生活、文化は、その最大の要素だとされています。よって、異民族の地域に軍を出した場合、現地人とのコミュニケーションはうまくいかず、戦争目的は達成しがたいものなのです。このことは対岸の火事として見ることはできません。自衛隊の海外任務が増える現代では、日本政府も考えて然るべき問題なのですが、それらしい話は耳にしたことがありません。常に、自衛隊を派遣すればよい結果が得られるという話だけで、問題を認識すらしていないように見えます。こうした問題は対岸の火事と考えるべきではないと、私は考えます。


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