破綻した北朝鮮の瀬戸際戦術

2009.5.26



 北朝鮮の核実験に関しては、各報道機関が報じていることのほかは、特に目新しいことを書けそうにありません。数点だけ簡単に書きますが、これも報道と重複するかも知れません。

 最近の北朝鮮はどうかしているとしか言いようがないほど、攻撃的な外交を行っています。緩急の使い分けどころか、常に強気に出る選択肢しか考えつかなくなったようです。この原因を突き止めることが第一です。政治中枢の混乱や経済情勢の急激な悪化など、どれが主原因かを明らかにすることが大事なのです。そして、この瀬戸際戦術は決して成功しないでしょう。オバマ政権はブッシュ政権と違って核廃絶を掲げています。ブッシュ政権では成功しても、オバマ政権が核開発を行う国と交渉することは、公約を破棄するのに等しいことであり、到底できない話なのです。そこで、今回の国連決議は2006年のそれよりは厳しい内容となり、アメリカを二国間協議の場に引っ張り出すこともできないでしょう。オバマ政権は北朝鮮が妥協の姿勢を打ち出さない限りは、交渉しないという「塩漬け」を行うしかないのです。すると、北朝鮮は東倉洞(トンチャンドン)の発射施設からテポドン2号を打ち上げてみせるかも知れません。すると、また制裁が繰り返されることになります。核実験はせっかく蓄積したプルトニウムと消費するので、そう何度も行えません。核爆弾を製造する分は使えないわけです。あとは体力勝負となりますが、北朝鮮に軟着陸地点も用意しておく必要があります。独裁政治を止め、民主的な国に生まれ変われば、どこからも攻撃されることはないと、具体的な形を示して約束してやるのです。

 また、私には日本のマスコミの反応が非常に面白く感じられました。この事件の直前、国内マスコミは新型インフルエンザで空騒ぎを演じてお茶を濁していました。危険はそれほどないのに、厚生労働省が大がかりな対策を講じたので、マスコミは映像には事欠かなかったのです。そこへ、本当の危機が湧き起こったわけですが、切り替えが4月のテポドン2号発射の時のように上手く行きませんでした。弱毒性の伝染病と隣国の核実験では危機のレベルに差がありすぎます。反対に、韓国では盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の自殺で国中が衝撃にくれているところへの核実験でした。韓国国民が感じたプレッシャーは日本人のそれとは比べ物にならなかったでしょう。

 それから、核実験とほぼ同時刻に発射されたミサイルは弾道ミサイルではなく、核爆弾を運搬する能力はまったくありません。一部のマスコミが両者を関連づけて報じていますが、発射されたミサイルは地対空ミサイルで、航空機を攻撃するための小型のミサイルです。核爆弾は構造上、重量が重くなり、北朝鮮が製造できるプルトニウム型原爆はウラン型原爆よりも重たいのです。また、北朝鮮が対艦ミサイル「シルムワーム」を発射する準備も進めていると報じられていますが、これは艦船を攻撃するためのミサイルで、やはり核弾頭を搭載する能力はありません。北朝鮮が核爆弾の小型化に成功したかどうかは、専門家によって意見が異なっていたり、可能性を述べる程度だったりで、確証は得られていません。

 危険なのは、核爆弾に圧倒的なパワーを感じ、これに対抗する力はないと劣等意識に落ち込むことです。日本人の性質は変化しつつあるとはいえ、未だに悲観的な見解を好む傾向があります。核問題は、容易に解けない複雑なパズルでもあり、神経戦でもあります。今後、芸能人が出演する政治討論番組で、彼らの浅はかで不正確な見解が多数披瀝されるはずですが、そうした意見に耳を貸さず、自分で状況を分析するようにすべきなのです。

 夕方のニュースで、自民党国防部会から敵地攻撃論が飛び出していることを知りました。「アクティブ・ミサイル・ディフェンス」と呼び、専守防衛の範囲内で策源地攻撃を行うということです。方法としては、海上発射型巡航ミサイルと「THAAD(Terminal High Altitude Area Defense missile・終末高高度防衛ミサイル,)」の導入を目指すということです。海上発射型巡航ミサイルはトマホークミサイルのような巡航ミサイルを護衛艦上から発射することです。THAADは高度40〜150kmの終末段階にある中距離弾道ミサイルを撃墜するシステムです。しかし、巡航ミサイルを導入しても、攻撃できるのは固定基地だけで、移動式のランチャーは破壊できません。巡航ミサイルはあらかじめ指定した座標に向けて飛んでいくだけで、自動的に目標を探して命中するようには作られていません。海上から発射しても、目標付近に行く頃にはランチャーは移動しており、空き地で爆発するだけです。日本を核攻撃できる可能性があるノドンミサイルは移動式ランチャーからも発射できます。つまり、巡航ミサイルは導入したとしても、弾道ミサイルに対する決定的な対策にはなりません。

 戦争に関係する法律について考えてみます。THAADは専守防衛の範疇で認められますが、巡航ミサイルで策源地を攻撃すると、これは敵領土を攻撃したことになり、相手と戦争状態にはいることを意味します。つまり、勝つまでは負けられない死闘の状態になるわけです。これは専守防衛の範疇から外れます。自国を防衛することだから正当という考え方は誤りです。防衛戦争も侵略戦争も戦争行為としては同等に考えるのが国際法の常識です。イスラエルのガザ侵攻が防衛戦争の名の下に侵略戦争となったのが、その好例です。なおやっかいなのは、防衛戦争では海外諸国は有効な外交関係を維持する必要上、攻められている方に反撃の権利を認めなければならないので、防衛側は批判されにくく、それだけに何をしても許されると思い込みやすい点です。ガザ侵攻で一部のイスラエル兵が傍若無人な振る舞いを行ったことが知られています。これは防衛戦争を行う側が自制しなければ、後に禍根を残すことになりかねないのです。いまの日本にそうした知恵があるのかは疑問です。そもそも、完全な戦争状態になるのに、それを専守防衛の範疇で行えると考える方がおかしいのであり、一端、刃をまみえた以上、どちらかが地に倒れるまで戦いが続くと考えるのが軍事の常識です。つまり、これはミサイル防衛だけの問題ではなく、総力戦を想定した上で行うべき戦争計画の問題なのです。自民党国防部会にそうした認識はなく、「攻撃を防ぐために策源地を叩くのがなぜ悪い。座して死を待てというのか」という発想しか見えてきません。また、総力戦である以上、アメリカや韓国との連携をどうするかという問題も生じますが、それについても一切触れられていません。彼らは武器の導入を決めればすべて解決すると信じ込んでいるようです。自民党国防部会の意見には「防衛」は「戦争」であるという厳しい視点がありません。

 北朝鮮には日本に侵攻する能力はほとんどありませんが、いざ戦争となれば特攻部隊を日本に送り込もうとしたり、国内に潜伏させた工作員がいれば、彼らが破壊活動を行う可能性はあります。海上から進入する特攻部隊は海上自衛隊が阻止できるでしょうが、国内に潜伏する工作員を阻止するのは難しいかも知れません。すると、次に起こるのは北朝鮮人らしい者すべて、あるいは在日朝鮮人も拘束しろといった乱暴な議論が湧き起こります。こうなると、グアンタナモ基地と同じことが日本でも起こる危険性が出てきます。こうした起こり得る問題についても具体策を用意しておかないと、ブッシュ政権のように世界に恥をさらすことになります。こうした問題についても、自民党国防部会は何の解決案も提示していません。

 結論として、このような不完全な戦争計画には賛成しかねるということになります。

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