テポドン2号は打ち上げ前に故障か?

2009.4.19
同日 19:45修正
2009.4.20追加



 チャールズ・ビック氏の2009年のテポドン2号打ち上げに関するレポートがglobalsecurity.orgに掲載されました(原文はこちら)。

 ここに全訳を掲載します。なお、このレポートはすべて公開情報によって書かれており、研究は依然として進行中です。今後、新しい事実が確認され次第、修正される可能性を含んでいることをご承知下さい。

 私はこのレポートを当サイトに、このタイミングで掲載できたことを光栄に思います。ビック氏は大変なハードワークをこなして、このレポートを完成させました。このレポートを通じて、日本人がテポドン2号に対する誤った見解を少しでも修正できることを、私は切に願います。


人工衛星ペイロード「光明星(輝く星)2号」

著 グローバルセキュリティ上級研究員 チャールズ・P・ビック
2009年4月17日

 数年前、北朝鮮はオリジナルの人工衛星の模型を首都の科学博物館で展示公開するのに先だって、数年後に通信、気象、地球資源探査技術衛星を打ち上げると宣言しました。他の宇宙船の模型を示す写真はなく、光明星1号と供給パイプ付きの作業塔と一緒にテポドン1号の模型だけが展示されました。また、打ち上げまでに数年間にあるという通信衛星の実物大模型が展示されました。光明星2号(輝く星2号)という名称と推定されるこの人工衛星は、1回目と2回目のテポドン2号(銀河2号・ウンハ2号)打ち上げ実験のペイロード註1 として知られていました。その打ち上げのペイロードが気象衛星だろうということも示唆されていました。

 2009年4月に予定された人工衛星「光明星2号」の打ち上げは、技術展示ための飛行テストだと予測されました。人工衛星ペイロードの質量は100〜170〜250〜550kgの範囲だと予測されました(軍用の模擬弾頭は650〜1,158kg)。観測筋は、それがすでにイランで示されたペイロードの覆い「フェアリング註2 」のデザインに基づいており、イラン製、中国製あるいはイラン・北朝鮮共同製作の人工衛星と判明したと指摘しました。打ち上げは2009年4月5日グリニッジ標準時午前2時〜7時(韓国標準時午前11時〜午後4時。東部標準時午後9時〜午前2時)の間に行われました。予測される軌道傾斜角約40.6度や東方90.5度の針路は気象衛星や通信衛星のいずれの通常のタイプよりは実験用の科学衛星に似ていました。観測筋は当時、ただ一つの国(日本)を極めて短い期間で横断するように、それを実現する一つの傾斜角を使用する選択肢しか、北朝鮮にはないと指摘しました。

北朝鮮の人工衛星打ち上げ実験(3度目)、テポドン2号飛行テスト(2度目)の性能

 1段機体は日本から約280kmに落下し、完全に予定通りに作動しました。2段機体が作動し、最大推力の燃焼を完了した1段機体を分離しました。そうでなければ、それは日本本土北部に落下したでしょう。2段機体は推力を絞る前に、その燃焼の3分の1から2分の1だけを行いました。2段機体の飛行は軌道に乗るのに、スタートアップの2〜4秒を含めて、9分2秒(542秒)かかりました。この機体が継続して最大出力で連続燃焼していたら、軌道に乗るまでに5分間かからなかったでしょう。これは理想よりも遙かに高い加速率です。

 本当なら、3段機体には推定25〜50〜60秒間の軌道投入を完了させる燃焼の前に、軌道の近地点註3の高度へ向かい、軌道の高さに至る推定120秒間の慣性飛行期がその飛行計画上にあったはずなのですが、テポドン1号の2段機体「スカッドER」と同じく、2段機体は距離と速度を得るために、その燃焼を引き延ばし、その燃焼中に「ステップ・スロットリング・オペレーション」を用いました。つまり、2段機体の燃焼の3分の1から2分の1までの間、2段機体は最大出力にあり、それから真空の宇宙空間において、推定232〜235秒間の軌道と慣性飛行期を通過する燃焼を引き延ばすため、燃焼を推定65%というより小さな推力へと移行したのです。搭載されたコンピュータはペイロードと3段機体のシュラウド註4 を時間通りに切り離し、それらは意図したとおり、予定した太平洋上の落下区域2,150〜2,950km、日本から約2,300kmの領域に落下しましたが、2段機体と3段機体は適正な手順で切り離されたものの、3段機体は点火しませんでした。3段機体とペイロードが実際に時間通りに切り離されながら、3段機体が推定されたとおりに機能しなかったという情報は韓国が報じました。打ち上げのビデオを研究すれば、3段機体に制御用ロケットが見えるように付いているのに、打ち上げ前及び打ち上げ時に点火するのが見えないのは明らかで、これは3段機体が打ち上げ前にすでに故障していたことを、私に示します。ペイロードは3段機体と共に落下しました。2段機体は見た限りでは切り離し前の燃焼において適正に動作し、2段機体と3段機体とペイロードは慣性飛行をはじめると地球に落下する速度へ失速しました。2段機体と3段機体は再突入がはじまる前に時間通りに切り離されました。

 2段機体と3段機体がどちらも互いに非常に近いところ、日本から1,270〜1,300km(2,300〜2,330km)、発射台から約3,200〜3,230kmに落下することは先に指摘されていました。2,300kmの最初の落下点はペイロードと3段機体から外れたシュラウドが落下する場所で、2,330kmの二番目の落下点は2段機体と3段機体とペイロードが互いに近い場所に落下する場所です。3段機体とペイロードのシュラウドの予定された落下点は2,150×2,950kmでした。飛行が順調だったら、発射台から2段機体までの落下点は、発射台から3,150〜3,950km離れたか、指定された落下域内になったでしょう。これは3段機体の切り離しとその点火が正しく作動しなかったことを示しています。同様に、初期の日本から1,270〜1,300kmと提示された落下点は、日本から約1,030kmの位置から探知した日本自衛隊の艦艇による不正確なデータです。日本のレーダーは1段機体が120〜125〜130秒の燃焼のあとで日本海に落下するまでの7分間を含む18分間の飛行を追跡しましたが、そのレーダーシステムの範囲の限界は2,100kmでした。

 テポドン2号が35,000フィート註5 をジェット噴射しながら飛行しているデジタルグローブ社の写真に異常はまったくありません。明るいフレアは過剰反射と呼ばれる、人工衛星のカメラの中へ光が戻る反射現象で、窓を通過した一条の光が一列の反復する像となって反射してみられるような多重鏡像です。しかし、適正に引き延ばした写真では、1段機体、2段機体、3段機体とペイロードのシュラウドの先端が、北朝鮮が2009年4月5日に公開したビデオに見られるのとまったく同じに見えます。

 3月26日のデジタルグローブ社の映像が見せた追加のデータは3段機体の先端部を、27日の映像は、それを取り巻いている供給パイプ付き作業塔の最後のサービスレベルの最上部の下にあるペイロードのシュラウドの先端を本当に明らかにしました。3月29日のデジタルグローブ社が発射台上にある機体全体を撮った映像は、3段機体がこの時点で露出していて、先細っていて先端が切り詰められた円錐状のアダプターがその基部にあり、その上部がペイロードのシュラウドに似た球体へつながっていることを明らかにしました。それに続く北朝鮮が公開したテポドン2号打ち上げのビデオ映像の評価は、シュラウドが機体を滑らかにするように3段機体を取り囲み、球形のシュラウドがあたかも消えるように取り付けられていることを明らかにしました。3段機体は実際には予測されたよりも長いことが分かりました。

 さらに打ち上げ時には、離昇の直前直後に2段機体と3段機体の先細った基部が、かつては見られなかったヨー運動、ピッチ運動、ロール運動と転換を制御するための活動する制御ロケットの存在を明らかにしました。ブースター全体は設計が、1994年にアメリカの映像によってオリジナル・コンセプトの実物大模型が最初に確認され、イランの設計への協力を反映して1997〜98年に引き続いて派生した設計から、劇的に大きく変化しました。1段機体と2段機体の中間部分は全面的に再設計されました。1段機体は4基の主燃焼室を見せていますが、制御システムがジェットベーン註6 かバーニヤ註7 かスラスター・ステアリング註8 なのかは明確には定義できません。4基の主燃焼室から出るガスジェットは橙黄色で、スカッドとノドンAシリーズのそれのようにガソリンとケロシン註9 の炭化水素系燃料の痕跡のような灰黒色の煙です。それは高い毒性と自着火性の推進剤の組み合わせによる腐食性を低減するために抑制剤を加えた硝酸註10 と四酸化二窒素註11 との赤煙窒素酸化物と結合しています。北朝鮮とイランが飛行テストを行い配備したことが立証された、中距離弾道弾ノドンBの打ち上げ機体のそれのような密閉型サイクル推進システムの極めて新しい用法を示す、排気ガスがタービンポンプ駆動を経て機外に排出されたあとで弱いガスになるという明確な証拠はありませんでした。ノドンBの推進システムが、四酸化二窒素とUDMH註12 ではなく、こうした推進剤の組み合わせに適合するように再設計された可能性はありますが、それは不明確なままです。酸化窒素と炭化水素の組み合わせよりもUDMHと四酸化二窒素を選べば、このシステムのすべてにわたって良好な性能を提供するでしょう。誘導システムは離昇から1998年のテポドンによる最初の人工衛星打ち上げ試験よりずっとよい性能を示しました。テポドン1号は上向きに角度を取って射程に沿う前はほとんど垂直に飛びましたが、テポドン2号は極めてスムーズな飛行パターンを実行すべき人工衛星の打ち上げと同じく、ほとんどすぐに射程に沿いました。それは打ち上げ後すぐに射程に沿い、飛行方向を修正することもできると見ることも可能でした。

(以上)


訳註

ペイロード ロケットが運ぶ荷物。宇宙飛行士、人工衛星、攻撃用弾頭など。
フェアリング
シュラウド
ペイロードを保護するために取り付けられている覆い。ペイロードを放出する前に切り離される。「フェアリング」と「シュラウド」は同じ物を指す言葉です。
近地点 人工衛星などの軌道が最も地球に近い位置。
35,000フィート 10.668kmに相当。
ジェットベーン 噴射ノズルの中に設置した板の向きを変えることで推力の方向を変更する翼法。
バーニヤ 姿勢制御だけに用いる小型エンジンを用いる翼法。
スラスター・ステアリング 主エンジン自体の向きを変えて推力の方向を変更する翼法。
ケロシン 灯油のこと。
硝酸 硝酸と混ぜることでテポドン2号の酸化剤である赤煙硝酸となります。
四酸化二窒素 硝酸と混ぜることでテポドン2号の酸化剤である赤煙硝酸となります。
UDMH 非対称ジメチルヒドラジン(Unsymmetrical dimethylhydrazine)。
テポドン2号の推進剤(燃料)です。発ガン性もある劇物です。




スパイク通信員によるポイント解説

 極めて興味深い内容であることに驚いた方も多いはずです。私の方から、ビック・レポートを理解する上で重要な点を解説します。言うまでもありませんが、これは私の見解であり、ビック氏の意見ではありませんので、その点は誤解のないように願います。


テポドン2号は弾道ミサイルか?

 まず、日米両政府が弾道ミサイルだと主張したテポドン2号に光明星2号という人工衛星が搭載されていたことを示す根拠が示されています。実は、この説明文は私の記憶では2006年に書かれたビック氏のレポートに既に現れていました。だから、テポドン2号が人工衛星ロケットであるのは、私には当時から自明のことでした。今回の打ち上げで、日本政府が弾道ミサイルだと主張し、マスコミがその後押しをしたことは、私には滑稽にしか見えませんでした。

 おまけに、こうした日本政府の意向は北朝鮮にとって、問題を簡単にしました。彼らは日米両国を「宇宙の平和利用を邪魔する悪者」に仕立て上げればよくなったからです。この点、韓国政府の方が対応が優れていました。2006年に、韓国政府はテポドン2号を人工衛星ロケットだと主張し、韓国メディアから「腰抜け」よばわりされました。韓国政府の北朝鮮への対応は対話路線から強硬路線へ変化しましたが、今回も人工衛星ロケットだと判断したのです。

2段機体の噴射

 当初、途中で噴射が止まったと報じられた2段機体でしたが、推力を絞っただけで、実際には正常に飛行したことが明らかになりました。つまり、当初の探知結果では、推力が完全になくなったのか、およそ半分に絞ったのかすら判断できなかったのです。この事実はミサイル防衛の限界を露呈していると、私は考えます。ロケットエンジンが止まれば、ロケットはそれ以上加速しないでしょう。少し推力を絞っただけなら、ロケットはその後も加速します。目標が定速か加速中なのかが分からずに、迎撃ミサイルを正確に誘導できるのかという疑問は当然のように湧きます。ミサイル防衛はごく短い時間で目標に迎撃ミサイルを命中させなければ意味がありません。後日の精密分析で事実が判明したのでは遅すぎるのです。これがレーダーの性能の限界なのか、オペレーターの能力の不足なのかは、レーダーの性能が機密とされている以上、ミサイル防衛関係者以外には判断のしようがありません。

デジタルグローブ社の衛星写真

 この段落は、私がビック氏に出した質問に対する回答です。私はテレビニュースで評論家が、この写真は1段機体が切り離される瞬間だと説明しているのを見て、すぐに何か変だと感じました。発射台上にはまだ十分に拡散しない噴射煙が残っており、発射台のサイズから想像できる飛行距離から、打ち上げ直後の写真だと推定できたからです。ビック氏は1段機体の高度を約10kmと判定しました。この高度は1段機体を切り離すには低すぎます。「明るいフレア」は下の写真で矢印が示している部分を指します。問題はテレビ局が用意した写真にあったのかも知れません。ウェブサイトに掲載されたどの写真でも、機体が写っているかどうかまでは判断できないのです。



制御ロケットの存在

 2段機体と3段機体に制御ロケットが取り付けられていることは、今回初めて確認されました。この制御ロケットはテポドン2号打ち上げの映像で確認できます。主エンジンが噴射すると同時に、1段機体上の細くなった部分に小さな噴射が見られるのが確認できます。

You Tubeに投降されたテポドン2号打ち上げ映像


 ネット上で、これを燃料漏れだと主張する人たちがいますが、それは誤りです。上空に行くに従って気圧が低くなれば、燃料は機外に吸い出され、燃料タンクは空になってしまったでしょう。つまり、1段機体と2段機体が正常に動作した以上、この見解は成り立たないのです。それよりも重要なのは、2段機体と3段機体に制御エンジンがあって、3段機体側の制御エンジンが動いたように見えないということです。つまり、3段機体は最初から故障していた可能性があります。最終組立工場では正常だった3段機体が、発射台に組み付けたあとで故障したのかも知れません。何度も繰り返されるチェックの中で、3段機体のエンジンが動かないことは分かったはずです。これが管制センターにいるメンバーに分からないわけはなく、これは北朝鮮が故障を承知で、普通なら中止する打ち上げを強行したことを示唆します。北朝鮮のように、金正日総書記が国のすべてを指導しているという神話が通用する国にとって、ロケット打ち上げのような大きな出来事は失敗することはあり得ないというわけです。

テポドン2号の推進剤

 ある評論家がテポドン2号の燃料を灯油だと述べたのは誤りでした。「弱いガス」というのは、たとえばテポドン1号の噴射炎を指しています。テポドン1号の推進剤(燃料)は、ガソリンとケロシン(灯油)の混合物で、ビデオ映像を見る限り、噴射炎はごく僅かでした。テポドン2号の噴射炎は明らかにテポドン1号のそれとは異なっており、別の推進剤と酸化剤が使われているのは明らかです。

テポドン2号は進歩したか?

 この分析結果を見る限り、前回の失敗は克服したようですが、依然としてテポドン2号には大きな問題があります。前回は1段機体の制御に問題があり、それが機体に過剰な圧力をかけ、ペイロード部が崩壊したことから2段機体から上が脱落し、墜落を引き起こしました。今回、その問題は完全に克服したようです。気になるのは3段機体が点火に成功していたら、ペイロードを軌道に乗せるのに成功したかということです。第1宇宙速度(7.9 km/s)に乗らなかったのは、3段機体の加速がなかったためです。マスコミは射程が伸びたことばかりを取り上げますが、3段機体の問題、あるいはかなりの進歩が見られた制御システムこそ、テポドン2号の進歩として特筆されるべきです。

おわりに

 こうして見ると、マスコミがテポドン2号について盛んに報じていたことにはいくつもの誤りがあり、後日、詳細に検討した結果の方がより多くの真実を含んでいることが分かります。まさに、これこそが戦争における私たちの誤りを示唆しています。有事には本当の情報かどうかを判断する余裕は期待できません。これが「戦争の霧(Fog of War)」と呼ばれる情報の不確実性です。もともとは、地上戦について言われた言葉ですが、核戦争においては、それが示唆するものは一層深刻です。核戦争は戦場の外で外交交渉を行う時間的な余裕なしに進行し、そして完了します。その際に十分な情報が得られないのですから、我々は核戦争のほとんどの場合で誤りを行うでしょう。あとには、重大な後悔だけが残ります。ところが、テポドン騒動で日本政府やマスコミが国民に植え付けたのは、正しい情報を基に正しく考えれば、正しい結果が得られるという錯覚です。マスコミが「及第点」とした政府の対応は、実戦では何の意味も持たない程度の成果でしかありません。そして、「偽の脅威」が後に残りました。依然として、テポドン2号が日本を攻撃できると信じる人がいます。秋田県で直接耳にした「恐いと思う」という地元住民の声は、多くの日本人に共通する意見でしょう。しかし、客観的に考えれば、テポドン2号が日本上空を飛ぶことが問題なのではなく、北朝鮮がミサイル技術を進歩させることが問題なのであり、国連で議長声明を取り付けて対応を終わらせるのは誤っています。今後、どうやって北朝鮮の軍事ミサイル技術が進歩するのを妨害するのかこそ、日本政府が考えるべき問題なのです。しかし、1998年にテポドン1号が日本上空を飛んだ時に大騒ぎをした時にはじまったボタンの掛け違いは決して直されることなく、続けられるようです。「脅威が目の前にあるのだから、細かいことは言っていられない」という意見は、新しい別の不幸を生み出す原因となります。「今そこにある危機」という言葉は、トム・クランシーの小説から生まれましたが、これは米大統領が「今そこにある危機」と言って曖昧な指示を出したことが悲劇を生む物語です。しかし、いまや目の前の脅威に対して対処することを指す言葉として、反対の意味に使われています。こうして見ると事態は絶望的です。そして、日本国民がそのことに気がついていないのが、余計に絶望的なのです。


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.