ラホール襲撃犯はラシュカー・イ・タイバか?

2009.3.10



 military.comによると、パキスタンのラホール(Lahore)で、スリランカのクリケットチームが襲撃された事件の犯人は、2008年11月にムンバイを攻撃したパキスタンのテロ組織ラシュカー・イ・タイバ(Lashkar-e-Taiba)との疑いが出ています。

 パキスタンは、ラシュカー・イ・タイバに焦点を定めていますが、この攻撃は指導部の命令によるものではない、向こう見ずな同グループの活動家によって行われたとの見方をしています。初期調査の概略は、12月にラシュカーとジャマト・ウド・ダワ(Jamaat-ud-Dawa)の一斉検挙の後、ラワルピンディ(Rawalpindi)で地下に潜り、潜伏を続けている向こう見ずなラシュカーの活動家が独力で行ったことを示しています。ラホールの襲撃犯は、ムンバイテロ攻撃の黒幕としてパキスタンに逮捕されているザキウル・レフマン・ラクビ(Zaki-ur Rehman Lakhvi)の基地で訓練されました。訓練、武器の用い方、攻撃チームの規模、計画などは、ムンバイ事件に類似しています。ラシュカー・イ・タイバは2002年にパキスタン政府によって禁止された後で、ジャマト・ウド・ダワと改名しました。パキスタンはジャマト・ウド・ダワに対する対策は行っていません。ジャマト・ウド・ダワは、2008年12月に国連安全保障理事会によってテロ組織に指定されました。ラシュカー・イ・タイバは正体を隠すために、イスラムの慈善団体という仮面を被りました。ラシュカー・イ・タイバとジャマト・ウド・ダワは、レバノンのヒズボラに匹敵する組織となり、2005年の地震では、パキスタン政府に先んじて住民を支援しました。米軍の情報部高官は、ラシュカー・イ・タイバを「アルカイダ・ジュニア」と表現し、アルカイダが壊滅したらラシュカー・イ・タイバがその余地を埋めると述べています。アルカイダとラシュカー・イ・タイバの関係は複雑で、ラシュカー・イ・タイバはアルカイダに従属すると同時に自分自身のネットワークと命令系統を持っています。

 アルカイダという巨大な陰に隠れて、その他のテロ組織の姿が見えなくなっていました。気がついたら、彼らも成長していたというわけです。このため、たとえアルカイダを倒したとしても、次のテロ組織が登場するという皮肉な未来が待っているかも知れません。古来、戦争は大きすぎる貧富の差から生まれてきました。テロ活動を減らしたければ、彼らを武力で弾圧するのではなく、世界的な貧富の格差を減らして、不満を持つ地域を減らすことです。アメリカも、まだこのことに十分に気がついておらず、テロ対策の前面には「戦い」が押し出されがちです。アメリカだけではなく、世界の多くの国がテロ組織を叩きつぶすことばかりを考えており、その結果、国連もその波に乗ってしまうわけです。経済問題を解決してテロを根絶するのは、現実にばかり目を向けがちな世界の政治家にとって、夢物語のように思えますし、大衆もまた、そんなことは不可能だと考えています。かといって、テロとの戦いに出発する兵士に国旗を振っていれば問題が解決するわけではないのです。最初はうまい手など考えつけないでしょうし、失敗の方が多いでしょうが、未来に向けて最初の一歩を踏み出すべき時です。

 当サイトでは、以前から、アルカイダがアジアを東へ向けて勢力拡大していく危険を指摘してきました。次第にその兆候が大きくなっています。もし、ブッシュ政権が2003年以降、イラク侵攻などという寄り道をせずに、アフガニスタン問題に取り組んでいたら、その危険は避けられたかも知れません。かつて、私は「テロ組織を追い込む貴重な機会が失われた」と書きました。この機会ですら、成功する見込みは薄いのですが、ブッシュ政権は一顧だにしませんでした。

 ディック・チェイニー副大統領は湾岸戦争時に国防長官で、あまりにも早く停戦を決めたことを悔いていたようです。もともと、停戦を言い出したのは当時、統合幕僚議長だったコリン・パウエルですが、戦争後、ブッシュ大統領は選挙に敗れ、チェイニー副大統領はそれを自分の責任のように感じていたのではないかと、私は考えます。そこで、同時多発テロを口実にサダム・フセインを攻撃しようと考え、イラク侵攻を推進したのだと推測します。

 ですが、こうした判断は軍事上ではまったく成り立たないものです。一度失われた勝利を追いかけるのは、新しい敗北の始まりであることが多いからです。有名なところでは、ナポレオンの部下のネイ将軍の逸話があります。フランスを救うためにナポレオンに退位を進言したことを悔いていたネイ将軍は、ワーテルローの戦いでイギリス軍が百歩後退したのを退却と勘違いし、自ら騎兵を率いて突撃し、敵の防御戦の真ん中に突っ込んでしまいました。騎兵に損害が続出してフランス軍は敗北に至ります。パウエルがイラク侵攻に反対したのは、失われた勝利を追いかけることが敗北につながることを知っていたためだと、私は推測します。

 ともあれ、もはやまったく新しい戦争の時代が来たことを実感すべき時です。これからは、ほとんど未知のテロ組織にも目を向け、その情報を収集していかなければなりません。今後は、そうした戦争がさらに増えていきます。


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