マラカンドの和平は聖職者の手に

2009.2.18



 military.comによれば、タリバンの法律「シャリア法」を一部の地域で受け入れるとしたパキスタンの発表に対して、各方面から反応が湧き起こっています。また、今回の和平が一人の聖職者の手に委ねられていることが分かりました。

 NATOはパキスタンがイスラム過激派の隠れ家を作ったと批判しました。NATOの広報官ジェームズ・アパスレイ(James Appathurai)は、「それは確実に懸念されることです。我々はすべて過激派が安全な隠れ家を持ったかも知れない状況を懸念すべきです。パキスタン政府の誠意は疑いませんが、この地域は過激派から大きな被害を受けており、我々はそれがさらに悪くなることを望んでいないのは明白です。」と述べました。イスラマバードのイギリス高等弁務官は、「先の和平協定はスワト問題の包括的で長期間の解決を提供していません。我々は彼らが暴力を終わらせ、将来の暴力の余地を作らないことを確信する必要があります。」と述べました。アメリカだけが態度が違い、来日中のヒラリー・クリントン国務長官が「パキスタン人の動きはもっと完全に理解される必要がある」と述べました。しかし、国防総省高官はパキスタンの決定を「否定的な展開」と批判しました。パキスタン側はこの取り決めは譲歩ではなく、より迅速な裁判を求める地元の要請に従ったのだと主張しています。

 まだ、タリバンとの合意は完了していません。協定をまとめるために、スワト峡谷へ聖職者スーフィ・ムハンマド(Sufi Muhammad)が向かっており、彼がタリバンの指導者と面会して、協定を取り付けることになっています。ムハンマドは、こう述べています。「我々はすぐにタリバンとの対話を開くでしょう。我々は彼らに武器を置くよう要請するでしょう。我々は彼らが我々を失望させないことを希望しています。我々は平和が戻るまで、この峡谷に滞在するでしょう」。

 彼の一行300人が谷を通過した時、住民は列を作り、「平和万歳!イスラム万歳!」と手を振って叫びました。スワト峡谷の150万人の住民は、タリバンによる戦闘を逃れて3分の1が避難しました。景観のよい場所はほとんどが武装勢力の支配下にあります。マルカンドの行政府はムハンマドに率いられたイスラム教徒と面会したあとで、和平協定を発表しました。ムハンマドは長らく、シャリア法をこの地域に施行することを望んできました。彼はスワト峡谷に赴き、スワトのタリバンの指導者でムハンマドの義理の息子マウラナ・ファズーラ(Maulana Fazlullah)と和平について話し合うことに合意しました。ムハンマドは2002年に米軍と戦うために大勢の戦士をアフガニスタンに送ったことで拘留されましたが、昨年、パキスタン政府と暴力を放棄することに合意して釈放された人物です。タリバンは彼の訪問を歓迎していますが、彼がどれだけファズーラに影響力を持っているのかや、どこでファズーラと会うのかは不明です。

 いかにもイスラム国的な展開で、その成果については、少々疑問もあります。穏やかなシャリア法でタリバンが満足し、本当に闘争を止めるのかは疑問です。西洋式の軍事常識では、これはパキスタンの敗北でしかありません。しかし、こういうやり方が、この国ではうまく行くのかも知れません。とはいえ、確信が持てるわけではなく、心配は残ります。というわけで、これは協定が実現し、その後、この地域がどうなるかを見ないと、何とも言えません。イスラム国の常識は我々の常識とは違っており、安直に判断すべきではないと考えます。


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