ハサン少佐の異常な射撃能力

2009.11.8

 ワシントン・ポストに報じられた犯行の詳細は、尋常ではないハサン少佐の射撃能力を示しています。

 銃撃戦によって空になった弾倉は6個。現場から1マイルの距離にあるダーナール陸軍医療センター(Darnall Army Medical Center)の医師スティーブン・ベックウィズ少佐(Maj. Stephen Beckwith)は、「沢山の銃弾が発砲されました。ひとりの人間がこのすべての射撃を行ったとは想像しにくいです」と述べ、負傷者のほとんどが2〜3回、胸、腹部、首を撃たれていることを明らかにしました。

 マンレイ巡査がハサン少佐と戦ったプロセスも、記事に書かれています。マンレイ巡査は最初の911通報から4分後の午後1時27分に現場に到着しました。彼女はハサンに対して2度発砲し、ハサンは撃ち返し、マンレイに向かってきました。マンレイは防御できる位置で伏せて、発砲を続けました。ある時点で、ハサンは銃をいじり出しました。「再装填してるぞ」。誰かが叫びました。銃撃戦で、マンレイは腿と腰に被弾し、ハサンは4回、少なくとも1回は胴体を撃たれました。ハサンは百発以上を発砲したとみられています。

 今のところ、ハサンが全部でどれだけの銃弾を現場へ持参したのかについて書いた記事を、私は見ていません。これも事件を考える上で重要な要素です。

 現場では6個の空弾倉が発見されています。犯行に使われたセミオートマチック式拳銃は装弾数が20発と報じられています、弾倉6個分で120発となり、さらに拳銃に装填されたままの弾倉が1個あった可能性が高いわけですから、最大で140発が、この拳銃から放たれたと推定できます。ほかに回転式拳銃が使われています。仮に6発が、この回転式拳銃から撃たれたとして、約150発が使われたと推定します。

 負傷者が平均して2回撃たれたと仮定して、死者も同様だったとすると、死傷者の総数が51人ですから、102発が命中弾となります。しかし、これは命中弾だけの話です。ベックウィズ少佐の証言は被弾数についてはあまり信頼できません。ハサン少佐が150発中の102発を命中させたとすれば命中率は68%となり、これは異常な数字だと言えます。当サイトで推奨している「戦争の心理学 人間における戦闘のメカニズ」(デーヴ・グロスマン著)によると、平均的な警察官の実戦での命中率は20%といわれます。負傷者は複数の病院に分散して搬送されており、この数字はベックウィズ少佐の施設だけの話かも知れません。死傷者に1発が命中したと仮定すると命中率は34%。34%と68%の平均値を考えれば51%となり、これは極めて高い射撃能力、ほとんど神がかった能力を示していることになります。。ハサン少佐から覚醒剤反応が出たという情報はまだありませんが、彼がテロ攻撃を実行するにあたり、覚醒剤を使用した可能性はあります。アルコールと薬物は治療と並行して検査されたはずです。

 このような高い命中率を実現する者として、「戦争の心理学」は、テレビゲームに影響を受けた青年をあげています。シューティングゲームで射撃のコツをつかんだ14歳の少年が、弾倉2個で事前に射撃練習を行っただけで、8回発砲して全弾を被害者に命中させた事例(5発が頭部、3発が上半身に命中)は、その典型です。これは「自動操縦効果」とよばれる現象で、実戦では兵士や法執行官が訓練通りに行動しようとすることが、テレビゲーム好きな少年に起きたのだと、グロスマン氏はいいます。テレビゲームでは、敵は殺しても問題のない凶悪犯だったり、人間以外の存在(ゾンビなど)だったりします。こうしたテレビゲームで「訓練」を受けた少年が、友人に対しても平然と発砲した事例もあります。犯行中、自動操縦効果により、犯人は訓練通りに行動し、相手を人格のない標的とみなしているのです。ハサンにも同じ効果が働いた可能性があります。

 ハサン少佐は武装した隊員や警察官がいない派遣準備センターを狙い、おそらくは被害者たちが現場から逃げられないような位置に陣取り、極めて素早い早さで発砲を続けたため、これほど大きな被害が出たのでしょう。基地をよく知るハサンにとって、こうした選択は難しくありません(注意 これについて結論するには、現場の見取り図も検討する必要があります)。こういう犯人に対して、基地の警備を厳しくしても、問題は解決できません。医師が医療用のメスで患者の動脈を切断したり、電気技師が修理の際に電気設備に爆弾を仕掛け、任意の時に爆発させると行ったテロ攻撃を、警備体制で防止することは不可能だからです。つい最近も、米軍特殊部隊の隊員が自宅に隣接する土地にプラスチック爆弾を埋めていたのが発覚して逮捕されたほどです。十代の少女の死体が米軍基地敷地内から発見された事件もあります。古くさいようですが、我々を守っているのは、実はモラル(道徳規範)なのです。

 ハサンは39歳で、同時多発テロが起きた頃は31歳くらいだったはずです。サイコキラーが精神病を発症し、実際に殺人事件を行うまでに状態が悪化するには、普通十年くらいかかるといいます。精神病者は同時多発テロのように広く報じられる重大事件によって症状を悪化させることがあります。もし、ハサンが同時多発テロで強い刺激を受け、本人も自覚しないままに症状が悪化したとすれば、事件を起こしてもおかしくない時期でした。もし、彼が正気だったとすれば、事件を起こすことで、オバマ大統領が近く決断する予定のアフガニスタン増派を防ぎたいと考えたのかも知れません。

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