イスラエルがガザ侵攻を開始

2009.1.4



 イスラエル軍が地上戦を開始し、ガザ紛争が新しい局面へ発展したので、本日は特別に更新を行います。

 まず、最近の国内メディアの記事を比較します。昨日、ガザ紛争の様相を正確に捉えていないと指摘した産経新聞と読売新聞は、4日付の記事でも相変わらずです。

産経新聞(1月4日付)

しかし、イスラエルの攻撃を「虐殺」と非難するハマスも、イスラエルの攻撃を停止させ、1年半に及ぶイスラエルのガザ地区封鎖に風穴を空ける戦略を描けないまま、軍事的にほとんど無意味なイスラエルへのロケット弾攻撃を続けている。

 ロケット攻撃はイスラエル軍をガザ地区に侵攻させることに目的があり、それ自体で十分な戦果を生み得ないことは明白です。クラウゼヴィッツは「戦争は政治の延長」と述べました。戦争はスポーツでも力比べでもなく、政治目的を達成するために行われます。だから、なぜハマスが命中精度の低いロケット・迫撃砲の攻撃を続けるかを検討する必要があります。産経新聞が地上戦の直前になっても戦争の目的を判断できていないのは致命的なミスです。

読売新聞(1月3日付)

ただ、地上戦は民間人や自軍兵士の犠牲を伴うだけに、世論調査の支持は19%(1日付ハアレツ紙)と低く、政府は慎重姿勢を余儀なくされている。

 読売新聞は世論調査の結果を読み違えています。世論調査の専門家である新聞社が数字の評価を誤るのは致命的です。昨日、私は「地上戦に賛成する人(19%)は少ないものの、停戦に賛成する人(52%)も少ないということは、イスラエルの世論が地上戦を阻止する可能性はない」と書きました。地上戦に賛成する人が少ないのは、2006年のヒズボラとの戦いから来る消極的心理に過ぎず、ハマスの攻撃を止めさせたいという心理はもっと積極的なものなのです。国家はそうした国民の心理を先取りして行動するため、地上戦を避けるという選択は退けられます。

 しかし、毎日新聞はイスラエルの目的を正確に報じています。

毎日新聞(1月4日付)

イスラム教原理主義組織ハマスのロケット攻撃陣地の制圧が主な目的。

 「ロケット攻撃陣地の制圧」は、まさにイスラエルが達成しようとしている主目的です。読売新聞も同じことを紹介しています。

読売新聞(1月4日付)

イスラエル軍は侵攻開始後、声明を出し、軍事作戦が1週間を超す空爆に続く「第2段階に入った」とした上で、「(イスラム原理主義組織)ハマスのロケット弾の発射拠点の制圧」を目的として掲げた。

 読売新聞の記事はイスラエル軍の発表をそのまま伝えているだけで、毎日新聞の記事はそれを評価した上で伝える形になっています。その点で、毎日新聞の記事をより高く評価したくなります。

 このように、重大な武力紛争において、国内メディアが正確なことを伝えないのは、過去から繰り返されてきた問題です。湾岸戦争の時もそうでした。当時、ある知人から「イラクの目的はアメリカを地上戦に巻き込むこと」という見解を示されました。私は「地上戦に巻き込みたいのはアメリカの方です。地上戦になったらイラク軍は大敗します」と回答しました。明らかに、彼はベトナム戦争のイメージで湾岸戦争を見ていました。情勢を分析するには、毎回頭をリセットしないと駄目です。軍事常識の基本事項を常に頭に置いて報道を読み解くことです。

 他の情報も見ておきましょう。

 military.comによれば、外国人パスポートを持つパレスチナ人数百人がイスラエル側へ逃げることを認めました。紛争地域にいる外国人は優先的に退去する権利を持っているとされます(第4ジュネーブ条約第35条)。パレスチナ人であっても、外国の国籍を有する者は外国人とみなして退去させるわけです。

 ワシントン・ポストが地上戦の様子を伝えていますが、今のところ、十分な情報はありません。ガザ地区の北東からイスラエル軍の車両が進入するのを目撃されていますが、他の進撃路や、投入兵力数は未知のままです。暗視装置を持つ兵士は徒歩で、それ以外の兵士は車両に乗って侵入している模様です。イスラエル軍は作戦についてほとんど情報を出しておらず、作戦の期間やどこまで侵入するかは発表されていません。しかし、ロケット発射地点をいくつか占拠すると述べていますから、それらの場所まで侵入するのは間違いがありません。私は南部のラファまで占領される必要があると考えています。イスラエル軍高官は作戦が短期間で終わらないという見解を示しています。これには同意できます。目下のところ、どれだけの戦果と被害が生じたのかは不明です。しかし、イスラエルとハマスの双方に重大な損害が出ることが予想されます。ハマスはヒズボラの戦いを参考に戦術に磨きをかけているでしょうし、イスラエルも同じように戦術を練り上げているはずだからです。ハマスは勝てないまでも、イスラエルに重大な損害を与えることで政治的な勝利を得ます。彼らの善戦が反イスラエル勢力に自信と勇気を与え、将来のパレスチナ独立の布石となるからです。ハマスの戦士はそのために命を落とすことを厭わないでしょう。

 ハマスはロケット・迫撃砲の発射地点を中心に、陸軍の戦術で言う「円形陣地」を構築して防戦するしかありません。イスラエル軍を消耗させるために、ロケット・迫撃砲がない場所にも円形陣地を設け、無駄な攻撃をさせることも考えられます。イスラエル軍は陣地を少しずつつぶしていくことになりますが、前回のように装甲部隊を中心にするのではなく、歩兵を多用することになると予測します。歩兵が地下トンネルや火力拠点をつぶしていく戦闘になりそうです。

 イスラエル軍は住民に対してリーフレットを散布しました。リーフレットには次のように書かれています。

住民へ。貴地区におけるイスラエルに対するテロ活動家の行為の結果、イスラエル国防軍は早急に対応し、この地区での作戦活動を余儀なくされています。安全のために、直ちにこの地域から退去してください。

 これもジュネーブ条約上の住民の保護のための措置ですが、予想される戦闘は、国際法が定める住民の保護義務を無にするほど過酷なものになり、理想的な住民の保護は期待できそうにありません。イスラエルはガザ住民に避難場所も設けなければいけないのですが、このリーフレットにはそれは書かれていません。今後、避難場所を記した新しいリーフレットが配布されるのかどうかは不明です。住民への告知がこれだけでは、イスラエルの対応は明らかに不十分です。赤十字社をはじめとするNGOが現地入りして救済活動を行うことになるでしょうが、それにもどれだけ対応してくれるのかが気にかかります。


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