私見:白リン弾の問題点 第2回

2009.1.25



 前回の「私見:白リン弾の問題点」で書かなかったことについて、ここでまとめておきます。

 すでに説明しているように、白リン弾は「多目的」な砲弾です。発煙だけの目的に使用されるのではなく、焼夷兵器として使われてきた歴史があります。私は以前から戦記を読む内に、この事実を知り、当然のことだと思ってきました。

 たとえば、映画「ワンス・アンド・フォーエバー」の原作本には、著者のハル・ムーア中佐が白リン弾を榴弾砲で北ベトナム軍に用い、大きな効果をあげたことが書かれています(角川文庫版・p223〜224)。映画にこの砲弾は登場しませんが、白リン手榴弾の誤操作によって米兵の頬に火がつき、燃える白リンを戦友がナイフで肉ごと切り取ろうとする場面があります。これは少量の白リンであっても、人体に着火できる能力があることを示しています。

 この種の意見は他にいくつでも見つけられます。逆に、「白リン弾は役に立たない。何発撃っても、ちっとも火がつかない」という意見は目にしたことがありません。

 では、戦史の中から、白リン弾の攻撃力を讃える声を紹介します。

 第二次世界大戦中、4.2インチ(107mm)迫撃砲を装備する米陸軍第2化学迫撃砲大隊は、必要に応じて、様々な部隊に配属されて活動しました。シシリー作戦に参加した第2化学迫撃砲大隊が配属された歩兵連隊は、白リン弾の威力を絶賛しました。ボブ・ラドソン(Bob Ladson)が書いた「第二次大戦における第2化学迫撃砲大隊の歴史(History of 2nd Cml Mortar Bn in WWII)」の一部を引用します。


 …重量と弾薬としての問題にも関わらず、それは素晴らしい、非常に有効な武器です。迫撃砲は白リン弾とHE弾との組み合わせで最も効果を発揮します。ドイツ兵は白リン弾がとても嫌い、私たちは白リン弾を上手に配置して、彼らが穴からでるように引っかき回したものです。彼らが地面から出てきたら、私たちは彼らをHE弾でやっつけました。私たちはこの方法で彼らをたくさん殺し、彼らは本当に迫撃砲を恐れました。迫撃砲は本物の大砲と同じです。我々は迫撃砲を海岸強襲でも使いました。我々が迫撃砲を使った、と言うのは、本当は補助の化学部隊が使ったという意味です。彼らはこうした仕事を我々と共によくやってくれました。我々は彼らが我が隊員と同じだと思っています。最高の戦果は、化学部隊の将校が迫撃砲からHE弾を本当にドイツ軍戦車の開いた砲塔へと命中させた1日でした。

第179歩兵連隊第2大隊指揮官 ウィーガント中佐


 前に引用したファルージャ戦のレポートの内容とそっくりです。さらに、同じページ中にある、この迫撃砲大隊のイタリア戦役の記述には、白リン弾が戦場で大量に使われている実態が書かれています。


攻撃開始日は1944年5月11日、攻撃開始時刻は午後11時でした。最初、2つの中隊はそれぞれ第85、第88師団に配属されましたが、初期の火力集中は大隊の管理下でスケジュールに従って放たれました。11日の攻撃開始時刻から5月14日の最後の戦線崩壊までの時間は、おそらく大隊が経験した中で最も迅速さが集中した戦闘でした。歩兵部隊と同じく、これらの重大な瞬間の間、それは極めて忙しい状態に置かれました。迫撃砲にとって、それは継続的な射撃でした。初期の攻撃準備射撃は、最初の15分間で1,267発、最初の24時間で5,293発、その約4分の1は白リン弾でした。


 YouTubeにアップロードされているビデオ映像によると、この時に発射された白リン弾の数を1,323発と、具体的にあげています(映像はこちら)。このことは、攻撃的な作戦において、白リン弾が数多く使われることを意味しています。

 戦闘の記録から、次のことが言えます。

  • 白リン弾は「多目的」で「効果的」な弾薬です。
  • 白リン弾は攻撃時に多数を斉射して用います。

 ウィキペディアの日本語版に見られる「白リン弾には焼夷効果はない」「白リン弾の焼夷効果は極めて限られている」という議論は、これらの事実から否定されます。日本語版の記述は固有のものであり、英語版にはそのような説明は一切ありません。

 ウィキペディア英語版の「発火装置(Incendiary device)」の項目から、白リン弾についての説明を紹介します。


 白リン(WP)の爆弾と砲弾は基本的な発火装置であり、敵兵の集結に対する対人攻撃に用いることができます。白リンは信号、煙幕、標的のマーキングのために使うこともできます。米陸軍と海兵隊は、多くは4.2インチ化学迫撃砲の白リン弾を使うことで、これら3つすべての目的のために白リンを第2次大戦と朝鮮戦争で大々的に用いました。白リンは、第二次大戦後期に、多くの連合軍の兵士が、多数のナチスの歩兵攻撃を撃破し、敵兵の集結地に大打撃を与えるのに使ったことで広く認められています。敵に対する白リン弾の心理的な衝撃は第二次大戦中の多くの指揮官が指摘するところであり、捕虜になった4.2インチ迫撃砲の要員はしばしば、ドイツ軍により報復のため即座に処刑されました(要例証)。第二次大戦と朝鮮戦争で、白リン弾は敵の人海攻撃を粉砕するのに特に有効であることが見出されました。

 白リン弾が標的をマークしたり、煙幕を張ったり、友軍への信号といった多目的な装置として使われるようになったので、この形で用いられる場合、国連の焼夷兵器に関する議定書の対象となっていません(要例証)。民間人に対する焼夷兵器の使用を禁止する通常兵器を禁止する国連条約の第3議定書(事実上は、ジュネーブ条約第1議定書における民間人に対する全般的な攻撃禁止の再確認)は、空中投下式の焼夷兵器を、民間人が集中する場所に位置する軍事目標に対して使用することを禁止し、こうした環境でその他の焼夷兵器を使用することを漠然と制限しています。


 ウィキペディア英語版の内容は間違っていると考える人がいるかも知れませんが、英語版の解説は米陸軍の資料となんら矛盾しません。どちらが信頼できるかは議論の余地はありません。

 米陸軍の資料「迫撃砲弾の識別(Identifying Mortar Ammunition)」は、4.2インチ迫撃砲の白リン弾について、次のように説明しています。


4.2インチ白リン発煙迫撃弾

4.2インチ白リン発煙迫撃弾は、対人・対物の発火装置としてや、煙幕を生成するために使用されます。図33を参照してください。2つの砲弾は尾部の部品、信管、識別色だけが異なります。旧型の砲弾は、黄色のマーク、黄色の帯を持つグレー色でしょう。改良型である新型の砲弾は、常に新しい識別色、ライトレッド色のマーク、黄色の帯を持つ、ライトグリーン色に塗られています。


 ここには明確に焼夷兵器だと書かれていますし、発煙よりも先に焼夷能力について述べています。この他、より小型の60mmと81mm迫撃砲用白リン弾の解説もありますが、焼夷性については触れていません。つまり、107mm迫撃砲弾には、運用する者が戦力として認識すべき焼夷能力があると米陸軍は考えているわけです。同じページには、もっと威力の小さな手榴弾の説明もあります。これは兵士が投擲して用いる小型の爆弾ですが、白リン式の発煙手榴弾の説明には、次のような説明があります。


白リン発煙手榴弾

白リン発煙手榴弾(図51c)は爆発型の手榴弾です。信号や遮蔽と同様に、焼夷目的のために用います。白リンの混合物と手榴弾本体を破裂させ、白リン混合物をまき散らす高性能爆薬の装薬が含まれています。白リンは空気に触れると着火し、煙幕と焼夷効果を生みます。白リン発煙手榴弾は、ライトレッド色のマーク、黄色の帯のあるライトグリーン色に色分けされています。

 


 以上を見れば分かるように、白リン式の発煙弾として設計されている兵器には、すべて焼夷能力があります。これらの構造は基本的にすべて同一です。中心部に装薬があり、その周囲に白リンが充填されていて、装薬が起爆されることで白リンがまき散らされ、着火・発煙します。違いは大きさだけです。この構造の違いが、現在、問題視されているのです。

 アルジャジーラが放送した映像がYouTubeに載っています(ビデオ映像はこちら)。この映像で驚かされたのは、燃える白リンの塊が予想以上に大きいことでした(下の写真)。M825が使われたとすれば、白リンを染み込ませたフェルトウェッジは116個の小さな塊になって落下するはずです。M825は口径155mmの砲弾です。その内部に詰め込んだウェッジを116個に分割したものとは思えないほど、塊は大きいのです。クラスター爆弾は子弾をばらまく仕掛けですが、白リン弾は装薬の爆発力で切り込みの入っているウェッジを散布します。装薬に近い場所のウェッジは燃えて消滅し、遠い位置にあるウェッジが飛び散るはずですが、その形態は偶然という気まぐれに左右されます。その結果、大きな塊が落下することがあるのでしょう。こうしたことも含めて、白リン弾がどのような被害をもたらすのかは、正確に調査される必要があります。



 特定通常兵器使用禁止制限条約の第3議定書は、発煙弾を焼夷兵器から除外しました。該当する条文は以下のとおりです(ルビは省略)。


(i) 焼夷効果が付随的である弾薬類。例えば、照明弾、曳光弾、発煙弾又は信号弾

 原文は次のようになっています。

(i) Munitions which may have incidental incendiary effects, such as illuminants, tracers, smoke or signalling systems;



 この条文が各国の軍隊に白リン弾の無差別的な使用を認める結果となりました。「発煙弾」と書きさえすれば、かなりの焼夷効果を持つ兵器も条約の対象外にできるのです。条文を厳密に読めば、4.2インチ迫撃砲の焼夷効果は「付随的」とは言えません。しかし、国際法は参加国の国内法によって実現されるという特殊事情から、条文が疑いようもないほど明確でない限り無視されてしまいがちです。「主目的は発煙で、焼夷目的は二次的です」と説明できれば、白リン弾はたとえ、203mm級の大口径榴弾砲用であっても、合法化できるのです。

 これが不合理なことは(軍事オタクを除けば)誰の目にも明らかです。手榴弾と大口径砲の発煙弾の焼夷効果が同じはずがないからです。発煙弾を除く、照明弾、曳光弾、信号弾はいずれも焼夷効果は低いといえます。しかし、すべての発煙弾は実のところ焼夷弾と同じであり、違いは能力だけなのです。

 通常兵器の規制は、その発達に比較して遅れていると、国際法の専門家は指摘してきました。藤田久一教授の「新版 国際人道法 再増補」(有信堂刊)には、焼夷兵器について次のような記述があります(p94〜95)。

 第一次世界大戦ではダムダム弾の代替としてそれ以上の殺傷効果のあるスピック弾、散弾銃、四〇〇グラム以下の手榴弾、高速度弾丸が使用され、その許容性が争われた。しかし、同大戦後の通常兵器の規制については焼夷兵器を除いて具体的試みはなされなかった。焼夷兵器は焼夷剤の焼燃反応に基づく火災および熱作用のほか有毒物質の生成という副次的効果を伴うもので、連盟の軍縮会議で将来の条約の基礎として全会一致で受け入れられた軍縮条約案中にはその使用禁止(四十九条)がうたわれていた。第二次世界大戦までは焼夷兵器使用を違法とする見解が一般的であったといえるが、同大戦での焼夷爆撃の実行(とくに木造建築の多い日本の都市には壊滅的効果を与えた)以来合法とみる説もあらわれている。また、一九四二年以来知られているナパームは焼夷兵器の一種であるが、ガソリンを焼夷剤としとくに破滅的なものに変えるゲル化剤(炭化水素)を添付した特別のもので、爆発により石油のゼリーが四散し、熱は八千度にも達し消火不能の火事あらしを生ぜしめるのみならず、それは酸素を欠乏させ窒息状態を引きおこし、他の燃焼生成物の毒素効果をも伴う。ナパームは今日の武力紛争の形態に対応する形で、ベトナム戦争などでみられたように対人殺傷用、対ゲリラ兵用として使用されてきた。またそれが耕作物や森林に使用されると、その効果は長期にわたる影響を及ぼし不可逆の社会生態学的変化までもたらしうる。このようなナパームの性質は特徴は従来の焼夷兵器以上に非人道的で不必要の苦痛を与えまた無差別的効果をおたらす可能性の大きいものであり、国際社会においてもその明示の禁止を要求する声は強い。ナパームと他の焼夷兵器に関する国連事務総長報告書は、その結論において、この兵器は人類にきわめて多大の災害を与える残忍な兵器であり、その使用は目標に対して無差別的なことが多い、として、その使用、生産、開発及び貯蔵の禁止措置をとる必要を強調し、また一連の総会決議もナパームその他の焼夷兵器のすべての武力紛争における使用を「遺憾」としてきた。

註 原文では「消化」と書かれていますが、私の一存で「消火」に変更しました。
  また、原文に書かれている脚注はすべて記載しませんでした。


 ウィキペディア日本語版では、あたかも賛否両論であるかのように説明がなされていますが、実際には、遙か以前から規制する方向で議論がなされてきたのです。絶えることのない武力紛争のお陰で、その機会が失われてきたわけですが、2004年のファルージャ、2006年のレバノン、2009年のガザ地上戦での事例により、新しい国際条約が制定される条件が揃ったと考えるのが相当です。もはや、規制に向けた議論を行うべき時期に来ています。また、私は規制が実現するという期待を抱いています。



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