釈放したテロ容疑者が活動に逆戻り?

2009.1.24



 military.comによると、米反テロ当局者によると、グアンタナモベイ収容所に6年間拘留されたあとで釈放されたサウジアラビアの戦士が、アルカイダのイエメン支部の代表になりました。

 サイド・アリ・アルシヒリ(Said Ali al-Shihri)は更正のために、2007年にサウジ政府に対して釈放されましたが、今週、彼は「アラビア半島のアルカイダ」の代表として、ウェブサイトに現れました。イエメン支部は、イエメンの米大使館に対する攻撃に関与したことがあります。匿名の当局者によれば、アルシヒリは数名の代表の一人です。アブ・サヤフ・アルシヒリ(Abu Sayyaf al-Shihri)というテロ戦士としての別名を持つ彼は、グアンタナモベイの囚人の数を372人だと述べました。国防省報道官ジェフ・モレル(Geoff Morrell)によれば、少なくとも18人の囚人がテロ活動に復帰し、さらに43人が復帰を疑われています。復帰した囚人が誰で、テロ活動の内容は明らかにしませんでした。アルシヒリの名前がこれら61人に加えられるのかどうかは不明です。アルシヒリはイエメン支部で第2位の指揮権を持っています。2001年11月、アルシヒリはパキスタン国境で空襲による怪我によって捕まり、クェッタの病院で一月半かけて回復しました。その後、グアンタナモベイ収容所の最初の拘留者の1人として送致されました。アルシヒリは911テロの2週間後にアフガニスタンに行き、戦士に資金を提供し、カブール北にある訓練所で市街戦の訓練を受けました。彼は、イランのマシャド(Mashad)で別の戦士に会い、アフガンに入る方法を説明しました。アルシヒリはリヤドにある彼の店のためにカーペットを買いに行ったのであり、アルカイダとは無関係で、サウジにいる自分の家族に会いたいと主張していました。

 公式発表によれば、グアンタナモベイ収容所の囚人数は現在245人です。アルシヒリは自分がいた2007年当時の数字を言っているのだと推定できます。この数字で考えると、復帰が確定したのが18人の場合、復帰率は4.8%。復帰が疑わしい61人とすると復帰率は16%。ざっとした数字では、これが拘留者のテロ活動への復帰率だということになります。

 アルシヒリという人物について、私はチェックしておらず、どんな人物かは大まかにしか知りません。大きなテロ活動へ参加した証拠はないようですが、現在、2008年のイエメン米大使館への攻撃に関与した疑いがかけられています。これらの容疑事実が本物なのか、作られたものかは判断しかねます。しかし、アルカイダに提供したとされる資金について、彼は赤新月社に寄付するつもりだったと主張しています(下記の書面を参照)。ちょっとできすぎた話に思えますし、アルシヒリは、こうした嘘を尋問官に提供することで、過酷な拷問を堪え忍んでいたとも考えられます。カーペットの買いつけ話も同様です。とはいえ、もっと詳しい情報を検討しない限り、結論は出せません。

 今回、匿名の当局者から出た話は、オバマ政権が決定したグアンアタナモベイ収容所の閉鎖について、政府内にある懸念を具体化したものだと考えられます。現在、釈放した拘留者をどうするかが議論されています。

 これはオバマ政権にとって最初の第一歩であり、成否は政権の成功に直接関係しています。この決断について議論するのは、もはや時期を過ぎており、意味がありません。収容所の閉鎖はやらなければならなかったことであり、その過程で問題が噴出するのは当然なのです。そもそも、こんな収容所を作ったこと自体が誤りだったのです。これについては、すでに様々なメディアで報じられていることなので、改めて論じることはしません。今後、この種の情報は色々と出てきて、オバマ政権を攻撃する材料に使われることもあるでしょう。それでも、誤りは改めなければならないのです。

公表されたアルシヒリに関する書類。
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