オーストラリア兵がタリバンを犬の檻に入れる?

2008.9.3



 military.comによれば、オーストラリアの防衛大臣ジョエル・フィッツギボン(Joel Fitzgibbon)は、アフガニスタンに派遣している同国の特殊部隊が、タリバンの容疑者を犬の檻に入れて虐待したという批判を拒絶しました。

 フィッツギボン大臣は、4月29日に特殊部隊に捕まった4人のタリバン戦士は、時々、犬舎として使われる敷地に24時間拘留したことを認めました。敬虔な回教徒には犬は不浄なものなのです。オーストラリア・イスラム評議会連盟(the Australian Federation of Islamic Councils)は、これを非人道的な扱いだと批判しています。フィッツギボン大臣は、その場所は犬を置く場所としても使われるけども、様々な目的に使っている場所であり、犬の檻ではないと主張しました。陸軍報道官・ブライアン・ドーソン准将(Brig. Brian Dawson)は、容疑者は最も残虐な行為の容疑をかけられた者たちで、拘留した場所は、その時点で最良の場所だった、と主張します。

 捕虜取り扱いに関する問題を考える上で、この事件は興味深いものです。イラクやアフガンで捕らえたテロ容疑者は、捕虜として扱われています。捕虜は人道的に取り扱うことになっており、特に、宗教的な慣習は守られると、ジュネーブ条約は定めています。犬が不浄なものだとイスラム教が定めるのなら、タリバン兵を犬を飼う場所に拘留できないのは当然なのです。一方、西欧社会では、犬は人間の最大の友人とみなされており、政治家は好感度をあげるために、好んで犬を飼うほどです。こうした認識の違いは、捕虜取り扱いの現場で、様々な問題を引き起こします。だから、戦う相手の文化もよく知っておく必要があるのです。

 イスラム戦士が捕まえた者の首を切るのを見ると、我々は彼らを野蛮人だと考えます。こうした行為は人道的ではありませんし、明らかに捕虜虐待です。しかし、イスラム教徒は大抵の場合で、物腰が低く、話し方も丁寧です。彼らからすれば欧米人こそ野蛮人と見えます。そんな連中と戦うことこそ、イスラムの教えにかなうことだと、彼らは考えるわけです。この種の文化のギャップは、あまり顕著にならないように配慮しなければなりません。その仕事は政治家が受け持つのが適当でしょう。

 フィッツギボン大臣は、犬は軍事作戦で重要な要素だと主張していますが、戦闘と捕虜の取り扱いは別物だということを認識する必要があります。

 ドーソン准将の発言は、プロのものとは思えません。容疑者を拘留するのは罰を与えるためではなく、取り調べのためです。重罪を犯したように思えても、容疑者の段階で罪の主さを理由に、環境の悪いところに拘留してよいと、法は定めていません。現に、4人の内1人は、その後に釈放されています。この発想で行くと、その内、大きなミスが起こり、結局、タリバンの宣伝に使われることになります。

 結論としては、今回の事件は、違反行為ではあるものの、大きな問題ではないと言えます。こうした経験を経て、我々は物事を上手くやれるようになるということです。


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