グルジア紛争が対テロ戦を新局面に

2008.8.28



 ロシアが当然やるはずの方法で、グルジア紛争に関して、欧米に圧力をかけています。

 ロシア外務省は、昨日、このサイトで紹介したアフガニスタン・ヘラート州での民間人誤爆を、「ロシア政府は深刻な懸念を持っている」と批判しました。これまで、民間軍事会社がイラクで何をしようと発言せず、チェチェン共和国でも、散々な蛮行を働いたロシア政府が、ひとつの誤爆事件をあえて批判することには理由があります。こうした発言は、当然、心からのものではなく、アメリカの対テロ戦に圧力をかけ、グルジア紛争に首を突っ込むなと警告しているのです。当時に、ノゴビツィン参謀次長が「アフガン作戦の物資通過の停止の可能性については慎重に検討している」と発言しました。アフガン作戦の米軍の補給源はドイツにあり、アフガンとドイツ間を行き来するには、航空機がロシア上空を飛ぶことになります。もちろん、ロシアが飛行禁止を宣言しても、航空機は回り道をしてアフガンに行けます。しかし、それだけ時間と燃料を浪費することになります。一方、space-war.comによると、NATOの緊急会合は、ロシアを非難したものの、予想を下回りました。NATOとロシアの関係は、これ以上は削減されない見込みです。

 一連の動きは、危機がエスカレートしていると見ることができますし、声が大きい割には腰は引けていると見ることもできます。お互いに、強気を装ってはいますが、発言を聞く限り、これ以上の悪化は避けたいと考えています。しかし、相手が一段階圧力を増すなら、同じ圧力をかけ返すことになります。心配なのは、こうしたチキンレースの結果、本当に危機が元に戻れないまでに高まることです。

 対テロ戦は、次のステップに進んだのです。グルジア紛争が、これまでは味方としてあてになったロシアの“退場”を生みました。これは、アメリカとアルカイダの妥協をより早めることになります。しかし、ロシア国内のイスラム武装勢力の動きが活発になれば、ロシアも対テロ戦に背を向けてばかりはいられなくなります。非常に先の読みにくい事態になったというわけです。こういう難しい情勢の中で、日本はどうすべきかという話が、政治家からもマスコミからも聞こえてこないのは不思議です。どちらも、何か他の戦いで忙しいのかも知れません。

 在韓米軍のベル司令官が在韓米軍の兵力をイラクやアフガニスタンなど海外に派遣する可能性を示唆したという報道もあります。いまはまだ、自衛隊を米軍の戦闘部隊の一部として活用するという話はありません。しかし、今後、大きな戦争が勃発すれば、自衛隊が連合軍の一員として戦闘活動を行う時代になるかもしれません。そのことを、今から考えておくべきです。

 それから、2014年のソチ冬季オリンピックが危機に立たされています。アブハジアから約30kmの位置にあるロシアのソチは、オリンピックの会場としては不適切すぎます。すでに、米議員が国際オリンピック委員会に、開催地の変更という前例のない要請をしています。ボイコットはモスクワ大会で不評だったので、別の方法を考えたのでしょう。これは国際オリンピック委員会に政治的な判断を強います。

 まず、8年前に開催地が決まり、数年がかりの準備が必要なオリンピックを、短期間で勃発してしまう国際紛争のために、開催地を変更できるかという現実的な問題があります。

 次に、国際紛争の認定の方法です。現状、戦争の定義には複数の手法があります。千人以上の戦死者を数えた紛争を戦争とする方法が、分かりやすいのでよく使われます。しかし、この定義では、グルジア紛争は戦争にはなりません。ロシアが当初発表した1,600人の死者は、後で大幅に下方修正されました。南オセチア、アブハジア、グルジア、ロシアの戦死者を合計しても千人に達しそうにはありません。この他にも、戦争の定義は様々な方法がありますが、いずれにしても、政治的な思惑がからみかねない事柄です。紛争当事者にとって、戦争と認定されるのが望ましい場合と、そうでない場合があり、国際オリンピック委員会が、そうした思惑に曝されるのなら、それは避けるべき事態です。グルジア紛争のように、武力紛争では当事者双方が自分が正しいと主張するもので、何らかの判断をすることは、どちらかに加担することになる場合がほとんどなのです。

 一番あてになりそうなのは、国際赤十字委員会が「国際的武力紛争」と認定した紛争を戦争と呼ぶやり方です。これは明確な根拠がある方法ではありません。しかし、国際赤十字委員会がジュネーブ法上の戦争犠牲者が発生し、救援の必要があるとして認定する国際紛争なら、比較的中立的な判断だと言えます。

 問題はどんどん山積みになっています。でも、日本国内にあまり危機感がないのが不思議です。


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.