漁船沈没事件に衝突説が浮上

2008.7.23
同日14:15修正



 「第58寿和丸」が千葉県沖で沈没した事件が、予想を超えた展開を見せましたね。これまでは三角波が有力と報じられていましたが、毎日新聞が本日付で報じた記事で、一転して衝突説が浮上しました。

 これまで船員の証言はあまり報じられておらず、その中に、「体験したことのない衝撃」という証言があったというのです。船体に傷があるかどうかを確認するため、海難審判理事所は沈没した船体の調査を検討しています。

 改めて遭難当時の記事を検索してみると、産経新聞が6月24日に配信した中に、「海水や重油飲みのど痛める 転覆・救助の3人」というタイトルの記事があり、「3人は船外に脱出した際、重油や海水を飲み、のどを痛めていたほか、手足に数カ所の擦過傷があった。」と書かれているのを見つけました。乗組員が重油を飲んだという事実は、衝突時後すぐに燃料タンクが破損して重油が大量に漏れていたことを連想させます。通常、強い波で船体が大きく破断でもしない限り、燃料が大量に漏れることはありません。私は、この事件をテレビニュースしか見ておらず、産経新聞の記事は読んでいませんでした。だから、普通の海難事故と見ていました。

 それにしても、産経新聞の記者は、この情報を得ながら、なぜ追加取材をしなかったのかと思います。私なら疑問を感じて、さらに調査をしたはずです。

 軍事評論家の田岡俊次氏が衝突説を主張しているのはCS番組で知っていましたが、番組の一部しか見ておらず、その根拠が分からないので気になっていました。田岡氏はアエラ誌に記事を書いているようですが、私は読んでいません。想像ですが、田岡氏は海難審判理事所筋の情報を得たのではなく、燃料漏れから衝突説を考えたのかも知れません。

 以前、イラクで日本の外交官が車両で移動中に射殺された時、田岡氏は米軍車両からの銃撃説を唱えました。私はその可能性は低いと考え、田岡氏の説に反論を書いたことがあります。被害者たちは側面から撃たれているのですから、米軍車両を追い越そうとした時に銃撃を受けたことになります。米軍なら後方から接近してくる車両に対して威嚇射撃を行い、近づかせることは決してありません。この話を元陸自隊員の方にしたところ、「運転手が威嚇射撃に対して驚いて米軍車列を追い越そうとしたのでは?」という珍説を披露されて、目を白黒させたことがあります。

 軍事問題の性格上、こうした判断ミスはどの軍事評論家も犯すものです。しばしばマスコミは、自分たちも大した報道をしていないくせに、軍事評論家がミスをすると、その人格まで攻撃します。これは批判として行き過ぎです。本物の軍事評論家は誤りを犯さないものだという、誤った認識を読者に与え、有害だからです。アメリカの研究者とこの件について話した時、彼は「ミスを犯すことが問題なのではない」と言いました。まったくその通りだと思います。重要なのは入手できた情報を試行錯誤して真実に近づくことです。

 軍事評論家だけではありません。現場にいる軍人や自衛官も同じミスを犯します。地下鉄サリン事件が起きた時、第一報を得た自衛隊は、情報が不十分だったために、サリンが散布されたとは考えませんでした。続けて入ってくる情報を検討して、やっと事件の本質を理解したのです。事件が報じられる時までには、こうした経緯は省略され、自衛隊がサリン散布の通報を受けて出動したように報じられるようになります。すると、大衆は勝手に、自衛隊が最初からサリン事件だと認識して出動したと勘違いします。しかし、少なくとも軍事を考察しようとする者は、こうしたレベルで物事を考えてはいけないのです。たとえ、理屈っぽいように思えても、入手した情報を子細に検討し、あらゆる可能性を考えてみるべきなのです。

 さて、衝突説が出てきたところで、何が漁船にぶつかったのかが問題になります。鯨かも知れませんし、潜水艦かも知れません。あるいは、別の漂流物なのかも知れません。救助された乗組員は海面に漁船以外の物体があるのは見ていないようです。漁船は停泊中だったこと、燃料タンクが壊れていたことを考えると、より硬質の物体が衝突したと考えられ、潜水艦である可能性が高いことになりますが、断定するには早すぎます。だから、海難審判理事所は調査を検討しているのです。もちろん、潜水艦が犯人だった場合、事件の余波は急に大きいものになります。

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