ミャンマーへの支援物資投下は回避されるか?

2008.5.9



 いよいよ来週にはこのサイトの更新を再開できる見込みが立ちました。まだ、一時外出が許された状態に過ぎませんが、その間はできるだけ記事を更新するようにします。かなり勘が鈍っているでしょうから、リハビリのようなものです。

 ミャンマーでサイクロンによる未曾有の大被害が出た模様なのは、すでに報じられています。軍事政権は海外からの支援を受け付けようとしていません。9日になって、義捐金と救援物資だけを受け付けると発表しました。そこで、各国が軍事政権が抵抗する場合、食糧を空中投下することを計画しています。これに関連する記事をmilitary.comが報じています。

 ミャンマーに援助を申し出た国はすべて、軍事政権の許可待ちの状態です。現在、イギリスやフランスも空中投下を検討しているといいます。しかし、主権国家の承認なしにこうした行為を行うことは国際法を不安定にする恐れがあり、また米国防総省は侵略行為とみなされる恐れがあるとしています。フランスの外務大臣バーナード・コーチナーは、国際連合の「保護する責任(responsibility to protect)」の概念により、空中投下は可能だとしています。「保護する責任」は、簡単に言えば、まともに国民の安全を図れない国に対して、国際社会が不干渉の原則を棚上げし、強制的な力を用いて人道的な介入を行うことです。

 米軍はすでに準備を始めており、空軍は航空機をタイに移動させ、海軍はエセックス遠征攻撃群から海兵隊とヘリコプターを同国へ移動中です。船舶も遅れて移動していると、匿名の国防総省高官が述べています。

 主権国家の意向を無視して食糧を空中投下するのは望ましいことではありません。湾岸戦争の後期、米軍はイラク北部のクルド人に対して食糧物資を投下しましたが、これは戦時下で行われたことです。米軍はクルド人にフセイン政権を倒す一役を担わせようとしましたが、本国が停戦しようとしたので、その支援を打ち切る可能性が出てきました。それではこれまで築いたクルド人との関係が壊れてしまうので、支援物資を投下したのです。つまり、それはもっぱら軍事行動の一環でした。

 今回検討されているのは、この時の空中投下とはまったく違います。2005年に従来の概念を一歩進めた「保護する責任」により、より国際社会はより一層人道的な介入が行えるという考え方が生まれたのです。まだ、新しい概念なので、国際社会は実際の活動で実績を積み、問題点を洗い出していく必要があります。我々がこうした活動を支援し、育てていく必要があるのです。

 ところが、石破茂防衛大臣は今日午前の記者会見で、こうした動きにまったく背を向けた発言を行いました。防衛省のウェブサイトから、記者との問答を拾い出してみました。

Q: 大型サイクロンの被害を受けたミャンマーへの支援について、防衛省として何か検討をされているのでしょうか。
A: ミャンマーのサイクロンについては、現在のところミャンマー政府として外国に対する支援というものを要請しているというふうには承知をいたしておりません。主権国家でございますので、主権国家に対して何かするということについて当然主権国家の要請あるいは了解等々が必要なことは言うまでもありません。本日の閣議において金銭的な支援について決定を見たところであって、現在防衛省として特に何かをするというような具体的な検討に入っているというものではございません。

 石破氏の発言を聞いていると、彼は国際法関係にはまったく弱いのではないかと考えざるを得ないことがよくあります。なにしろ、著書「国防」の中で、「『国際貢献』が嫌いな理由」という一節を設け、国際貢献は「赤十字に募金するような感じがしてならない」と述べているほどです。よく読むと、「国際貢献」という言葉が嫌なのであって、国際貢献自体を否定するわけではないようなのですが、それならば「『国際貢献』が嫌いな理由」というタイトルを設けるべきではありません。国際貢献が嫌いな理由として「国際貢献」という言葉が嫌いなのだという説明をしては、分かりにくいだけです。なにより、赤十字社について正しい知識をもっていれば、赤十字社が意味のない募金団体だとするような発言は出るわけはありません。現在の国際法の大枠は、元はといえば赤十字社の設立に端を発しており、それを否定して国際法を語ることはできないからです。普通、国際法の話をすれば、赤十字社に端を発する国際政治の動きを踏まえるのが常識なのに、彼はこのことすら知らないのです。国務大臣の座にいる人が、国際法もよく知らずに、アナクロな政治理論を繰り返すのは「日本の恥」ですが、ご当人はこのことを分かっていないようです。これが責任与党である「自民党」で随一の軍事通の実力です。拙著「ウォームービー・ガイド」に赤十字社設立についての説明を含めたのは、軍事問題を語る上で無視されることが多すぎると考えていたからです。

 余談ですが、防衛大臣が部隊指揮を直接行うという彼の防衛省改革も前代未聞です。第一、石破氏に部隊指揮ができるとは、彼の言動をどう検討しても、可能だとは考えられません。作戦を考えるのには、基礎的な軍事知識のほかに、戦況の詳細な情報、勝負勘も必要で、本当に難しいことなのです。大臣が作戦に口を出すのは、よほど気になることが生じた場合に限るべきです。

 話を戻しましょう。タイのノパドン外相がミャンマーが海外の支援を受け入れるとの見通しを公言しました。数日中にも、人的な支援が可能になり、強硬的な空中投下が不必要になることを願います。

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