清徳丸事件:衝突の原因は何か?

2008.2.20



 海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故の情報がかなり出てきました。初期情報のいくつかは誤っていました。まだ、これから出てくる情報もあり、それらを慎重に読み解いていく必要があります。

 目下のところ、「あたご」は衝突の12分前に「清徳丸」に気がついたけど、見張りが報告しなかったので、2分前に回避行動を取り始めたというのが事実として認定できます。「清徳丸」は衝突の直前に右舵を切っています。これは海の常識に従って、右に逃げようとしたのでしょう。「あたご」も当然、右舵で避けてくれると信じつつ操舵を行ったと想像できます。ところが、「あたご」は後進をかけたものの、面舵をとりませんでした。この時、針路を変えれば衝突を避けられたのかどうかが焦点だと言えます。

 海自は「衝突の12分前に清徳丸の灯火を視認したと思われる」と曖昧な発表をしていますが、この「思われる」という表現はすぐに取り消すべきです。事実は、衝突12分前に緑色の光を見たけども、船かどうか判然としなかったということでしょう。これを認めると、すぐに確認しなかったことが事故の原因といわれるので、あまり効果は期待できなくても、このような曖昧な表現を使うのでしょう。

 毎日新聞が、海上自衛隊幹部の話として、水上レーダーは300〜400m以内では目標物を捉えにくくなると書いています。「あたご」は「あたご」型イージス艦のネームシップ(艦種と同じ名前の船)で、「こんごう」型の後級にあたります。「こんごう」型の水上レーダーは「OPS-28型」で、「あたご」も同じレーダーを装備していると考えられます(多分、D型のはずです)。その性能の詳細は分かりませんが、米海軍の水上レーダーの探知範囲を例に取ると、50ヤード〜50マイル以上(45.72m〜92.6km)です。日本の水上レーダーは300〜400mもの死角があるというのでしょうか。この数字は探知が難しくなり始める距離であり、探知できない距離ではないはずです。

 こういう事件で、当事者である海自幹部から聞いたレーダーの性能をそのまま垂れ流すのは問題です。せめて、製造している日本無線に聞いて欲しいものです。日本無線はコメントを拒否するでしょうが、それでも海自幹部に聞くよりは正しい取材方法です。この記事を書いた記者も、レーダー性能の限界が事故の原因だとは確信していないはずです。それなら、確信できるまで調査して記事を書いて欲しいと思うのです。そもそも、近距離で探知しにくいことを事故の原因にできないことは、誰にでも分かります。波がそれほどない海域で、陸地などの障害物がないのですから、漁場に向かう漁船は遠距離で探知できたはずです。記事が書いているように、「あたご」のレーダーは遠距離用なのですから、遥か遠くから「清徳丸」を探知できていないとおかしいことになります。「清徳丸」は勝浦港を出て、三宅島沖合に向けてほぼ真っ直ぐ南西方向に航行していました。勝浦から三宅島まで直線距離で約134kmで、その間に島はありません。海自幹部が水上レーダーは遠距離探知用だと説明したなら、記者は「レーダーをモニタしていた隊員は、漁船をなぜ発見できなかったのですか」と質問しなければいけません。漁船や商船で混み合っているこの海域で、レーダー要員が混乱していたり、探知を怠っていた可能性をまず考えるべきです。

 強化プラスチックがレーダーを反射しにくいとはいえ、船内にはエンジンのような金属の大きな塊があります。「清徳丸」を探知できたチャンスは何度もあったのではないかと、私は考えます。河野克俊・海上幕僚監部防衛部長が「今回、レーダー担当が(異変を)認識していたかどうかの情報はない」と発言しています。どうも、この発言は不自然に聞こえ、非常に気になります。見張りに関する情報は防衛省中枢が把握しているのに、レーダーに関する情報が何もないのは変です。ここに何か重要な情報があるのではないかと考えざるを得ません。この種の事件では、あとから重要な情報が出てくることがあり、現在分かっている情報だけで断定的な意見を述べるべきではありません。

 それから、「あたご」が衝突の危険が迫ったのに警笛を鳴らさなかったのが疑問です。「清徳丸」の僚船は警笛は聞かなかったと証言しています。

※レーダの形式について訂正があります。こちらをお読みください。

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