田母神氏のYahoo!アンケート引用について

2008.11.17



 田母神俊雄前空幕長の論文問題で、一つ書き忘れたことがありました。それは、田母神氏が11月11日の参院外交防衛委員会で、Yahoo!のアンケートを引用したことです。以下の答弁を見てください。

田母神氏「国民に不安を与えたと、文民統制についておっしゃいますけど、今朝9時の時点で、私はYahoo!の『私を支持をするか』『問題があると考えるか』『問題がないと考えるか』っていったら、58%がですね、私を支持しておりますので、不安を与えたことはないと思います」

 この引用で田母神氏が統計の常識を知らないことが明らかになりました。そして、このことは田母神氏の科学的知識の低さを暴露したのです。おそらく、すでに統計学の専門家たちが指摘していると思いますが、自由参加のアンケートは、無作為に抽出した人から集められたアンケートと違い、信頼性に疑問があるのです。自由参加型アンケートに答える人たちは、ほとんどが質問に関心のある人です。このアンケートについて言えば、田母神氏を支持したいと考える人が投票した可能性が高いと考えられます。また、合理的な手段で調査された統計だからと言って、完全に信頼できるというわけでもありません。統計学は科学の様々な分野で用いられており、その使い方が分かっていない人が航空自衛隊のトップにいたということは、航空自衛隊の人材について疑問を持たざるを得ない重大な問題です。

 もう一つ指摘できるのは、投票した人たちはインターネット(携帯電話を含めて)の利用者だけだということです。だから、ハイテク技術に関心のない人たちの意見は反映されていません。選挙関係のネットアンケートで支持政党を問うても、選挙結果とは違っている場合が多いのです。一般的にインターネットや携帯電話のユーザーは若い世代ですから、主に彼らの意見を反映していると考えなければなりません。

 こうしたことは、将官ならば常識として持っているべきことであり、普段の会話ではもちろん、国会答弁に引用するのは論外の行為なのです。前にも紹介しましたが、米軍の将官は何らかの学位を持っていることが必要です。なんにせよ、科学的な考え方ができる人が軍人であるべきで、そのためにこうした規則があります。田母神氏は、自衛隊の将官はそうした知識を持たないと、自ら証明するという誤りを犯したのです。しかも、それに気がついていないという点で、二重の罪を犯しています。

 こうしたことは、統計学を持ち出すまでもありません。かなり前に見聞したことで、記憶が定かではありませんが、こんな事例があります。ある国で環境保護(野生動物の保護だったかも知れません)に関する問題が湧き起こり、当局はその問題に関してパブリックコメントを公募しました。集まった提言は自然保護団体からのものが大半でした。しかし、当局はそれらの意見を参考にせず、科学者に調査を依頼し、その提言を採用しました。一見、民主的な手法を無視しているようですが、パブリックコメントに応募した人たちが保護主義者であることは当然予測できます。その人たちが過剰な保護を主張していた場合、その意見に従うことは、逆に問題の解決に失敗する恐れがあります。そこで当局はそれらの意見は採用しなかったのです。それなら、最初から科学者に調査を依頼すればよかったことになりますが、やはり大衆の意見は聞いてみるべきであり、その中に参考とすべき意見があるかどうかを確認することが重要なのです。これが成熟した民主主義社会のやり方というものです。「多数決」が民主主義のルールだと誤解している人がいたら、即刻改めるべきです。多数決は手段に過ぎません。

 また、軍隊として考えた場合でも、更迭は当然でした。湾岸戦争の時、空軍参謀総長のマイケル・J・デューガン大将が更迭されたことがありました。彼はサウジアラビアに出張した際に、飛行機の中でワシントン・ポストの記者と、5人の将官と共に十時間もインタビューに応じ、湾岸戦争の見通しなど、彼の個人的な見解を披露したのです。それは主に、開戦すれば航空戦力がイラク軍を妥当するという内容でした。こうした戦略を米政府は検討も採用もしておらず、国民に間違った認識を植え付ける恐れがありました。このインタビューが報じられると、コリン・パウエル(当時、統合参謀本部議長)とディック・チェイニー(当時、国防長官)は問題視し、デューガンの更迭を決めました。チェイニーはデューガンを呼びつけ、新聞に書いてあることを彼が本当に話したのかを確認しました。デューガンはその通りだと説明し、ほとんど反論しませんでした。チェイニーはデューガンに更迭を告げ、空軍からも不平の声は出ませんでした(以上は、「司令官たち」・ボブ・ウッドワード著・文藝春秋刊・p365〜p373からの抜粋です)。米空軍では、政府の方針と違うことを話した空軍の高官を更迭しています。

 インターネット上に見られる田母神氏更迭への反対意見を見ると、統計の基本や軍隊の常識も分からないで、非民主的だと憤慨している人がいます。アニメなどで、民主的な軍隊があると思っている人が多いのかも知れません。軍隊は民主主義を守るのが任務ですが、実践するのは任務ではないことを知るべきです。




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