生存者証言で、システムエラーが濃厚に

2008.11.13



 space-war.commilitary.comが、ロシアの複数のメディアが報じた原潜ネルパの生存者の証言を紹介しています。これにより、事件直後の状況がかなり正確に分かりました。いずれも貴重な情報ですが、共通している部分と矛盾する部分があります。

【space-war.comの記事】

 寝台で休息中だったエンジニアのヴィクター・リフク(Viktor Rifk)によると、突然、薬品のようなフロンガスが降りてきて、彼は気を失いました。全員がガスマスクを持っていましたが、それを必要な時に装着できない者が一部いたとリフクは述べています。

 デニス・コシヴェロフ准尉(Denis Koshevarov)によると、警報が鳴り、そして彼は意識を失いました。コシヴェロフ准尉は、事件が夜(night)ではなく、夕方(evening)に起きたのは幸運だったと述べました。ガスが放出されたのは6つの区画の内、2つだけでした。

 もうひとりのエンジニア、セルゲイ・アンシャコフ(Sergei Anshakov)は、液化ガスが文字どおり頭から降り注ぎ、警報が聞こえ、副艦長が「呼吸装置を作動させろ!」と叫んだのを聞いています。

 ネルパの艦長、イゴール・デイガロ(Igor Dygalo)は、システムの異常の原因は不明のままで、艦内で火災が起きた証拠はないと述べました。

 将校のアレクセイ・シャニン(Alexei Shanin)は、事件後に、鍵がかかった船室から眠っていた隊員を救出するために、半狂乱で努力が結集された模様を語りました。彼によると、事件が起きた時刻は18時5分でした。消火装置は突然作動しました。それは、まるで水道管の蛇口のようであり、一瞬止まったあとで、再び水を勢いよく吹き出しました。乗員は鍵がかかった船室のドアを破壊して、被害者を救出しなければなりませんでした。何人かは港に向かう途中で死にました。彼は、ネルパの乗員は許容範囲を遙かに超えていたと、述べました。通常の乗員の人数は80〜90人なのに、200人以上が乗り込んでいました。そのため睡眠は交替で行っていました。ネルパは3度航海に出ており、問題が見つかると港に戻って、問題を解決していました。事故は3度目の航海で起こりました。

【military.comの記事】

 コシヴェロフ准尉は、フロンガスが放出された直後にサイレンが鳴ったと述べました。その後に、二番目のガスがやってきたと、彼は言います。

 アンシャコフもサイレンはガスの後に鳴ったと述べています。彼は、犠牲者の一部は、フロンガスの流れの直下にいたり、パニックを起こしたり、呼吸装置が手元になかったりしたために死んだかも知れないと言いました。

 生存者の証言を見る限りでは、私の予測はある程度的中していたようです。

 事故は寝室がある区画で起こりました。消火装置が作動してからは、動作は正常ではなく、通常とは異なるプロセスを辿りました。ガスは十分に気化しないか、まったく気化しない状態で放出されたようです。フロンガスが二度放出されたことが、仕様によるものか、エラーによるものかは不明です。しかし、一般的には二度ガスが放出されることはありません。

 やはり警報は正常に鳴っていませんでした。これでシステムの事故だった可能性が高まりました。故意に消火装置が作動されたのなら、恐らくはシステムは正常に作動し、サイレンが鳴ってからガスが放出されるまでには十分な間隔があったはずです。また、危険度が高いフロン消火設備の場合、人が常時いる場所、この事件の現場のように寝室がある場所では、消火設備は手動で作動させるようになっているはずです。機械に放出を任せると、人がいる時に実行する危険があるからです。

 普通、ハロゲン化物消火設備が作動すると、警報が鳴り、まもなくハロンが放出されるので、部屋から出るように指示されます。火災現場を密閉することで、より少量のハロンで消火できるようにするためです。その後、出入口が自動的にロックされます。もし、逃げ遅れた人がいる場合、停止ボタンを押すことで、ハロンの放出を中止できます。そして、一定の警告時間が過ぎるとハロンが放出され、火が消えるという仕組みです。この事故では、サイレンよりも先にハロンが出たわけですから、おそらくその時点でドアはロックされ、誰も逃げられなくなったのでしょう。ハロン1301を使う消火装置には、完全密閉の必要がないものもあるようです。このため、ネルパで使われていた消火剤は安全性の高いハロン1301ではない可能性が少し高くなりました。毒性の強いフロンかハロンが使用されたため、被害が大きくなったのかも知れません。

 最大の発見は、フロンガスがガス化せず、液状で放出されたらしいということです。高圧のタンクの中では液状のフロンは、常温・低圧の環境では即座に気化し、放出と同時に気化して部屋に充満するようになっており、噴射ヘッドからは液体ではなく、ガスが勢いよく放出されるはずです。しかし、アンシャコフは液化ガスだったと証言しており、シャニンは「水道管の蛇口のよう」と述べています。彼は二度目の放出で水が出たと言っていますが、本当に水だったのかは疑問です。液化ガスのことを言っているのかも知れません。もし、本当に水が出たのなら、それは消火装置に信じがたい問題があったことになります。しかし、これらの証言は異常事態中の記憶であり、事態を正確に表現していない可能性もある点には注意が必要です。

 液化ガスは気化すると体積が大きく膨張します。液状のガスに触れるのは、濃度の高いガスに触れることになり、極めて危険です。おそらく、死者が大量に出たのは、ここに原因があります。もし、使用していたガスがフロンなら、毒性はハロンよりも高く、死者が出ても不思議ではありません。しかし、なぜ液状のままガスが放出されたのかは理解に苦しむことです。

 次第に製造過程で問題が起きた可能性が高くなってきています。消火設備に欠点があって、事故が起きたと考えるのが正しいようです。初期の報道では、消火システム自体は正常に動作し、単に動作させるタイミングが悪かったように書かれましたが、やはり、重大な装置の欠陥があったと見るべきです。おそらく、今回の事故は製造段階でネルパに組み込まれていたのです。ネルパが1991年に着工してから、作業が中断され、2008年になって完成したことが、作業ミスや設備の劣化を招いたかも知れません。ハロゲン化物消火設備は劣化に強いという長所があるのですが、それは今回の事故には発揮されなかったのです。この事故は、通常の動作では考えられないような異常が原因なのだろうと考えます。

 潜水艦にハロン消火設備を使うのは一般的なことなので、現在でも各国が保有しているはずです。EUは今年中に潜水艦の消火設備をすべてフロンからハロン代替品に転換することになっていますが、各国の対応は遅れているのではないかと思われます。フロンを使っている潜水艦の乗員は、この事故に戦慄を覚えたはずです。


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