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歴史街道

ソ連参戦は原爆投下の理由か?

2007.7.6



 6月30日、久間元防衛相が千葉県柏市の麗沢大学で行った講演での発言は、初代防衛大臣の辞任にまで発展しました。朝日新聞が掲載した発言要旨を見る限り久間氏は、日本が勝ち目のない戦争を終わらせようとしなかったことが、ソ連の参戦を好ましくないと考えるアメリカの懸念を増やし、原爆投下を招いたと言いたかったようです。無益な戦争を続けることを指摘したいとする気持ちは誤ってはいません。問題は、前提となる事実が正しいかどうかです。

 終戦後すぐに、アメリカは戦略爆撃調査団を送り、大戦中に米軍が行った都市爆撃について詳細な調査を行いました。その調査報告書は、原爆、ソ連の参戦、本土決戦のいずれも日本の降伏とは無関係だと結論しています。つまり、この問題は半世紀以上前に結論が出ているわけです。

 久間氏は戦略談義が好きなようですが、これはしばしば無用な議論を引き起こしがちです。軍事的な議論は重要ですが、それは差し迫っている危機の見通しを立て、選択を誤らないようにするために行うものです。マニアが喜びそうな議論をしばしば市販本で見かけますが、まったく感心しません。

 「原爆投下 決断の内幕」(ガー・アルペロビッツ著)という本があります。原爆投下を決めた要人たち、特に大統領がどのような情報を得ていて、どのような決断をしたのかについて子細に書いた本です。これには、連合軍最高司令官ドワイト・アイゼンハワーが陸軍長官から原爆投下の決定を知らされた時の驚きが書かれています。アイゼンハワーも日本は今にも降伏すると考えていたのです。こうした認識は米海軍内でも一般的だったようで、私は沖縄戦の段階で「これ以上の攻撃は不要」と考えていた米海軍士官の意見を何かで読んだことがあります。また、先の本にも元海軍従軍牧師による同様の見解が引用されているので、次に掲載します。

その晩、我々が夕食のために集まった士官室は水を打ったように静かだった。原爆を落とさなくても敵が降伏し和平を求めて来るであろうことは、皆わかっていた。広島を無用に破壊することを思い、あたりには悲壮な雰囲気が漂っていた。ついに、士官の一人が沈黙を破った。「なぜだ?」
戦争が終わり、故郷に帰ってこの話をすると、人々はまったく信じられないと言いたげに私のほうを見た。誰も彼も、広島長崎への原爆投下は戦争を終結させるために不可欠であったというマスコミや政府の発表をすっかり信じ込んでいるようだった。

 ソ連の参戦は、米政府が国民を納得させるために考えた理屈だと考えた方が適切です。しかし、戦略論めいた話に仕立てることも十分に可能です。そうした本を書いて儲けている人たちも、世の中にはいます。

 このことを久間氏に電子メールで送ろうと思ったのですが、すでに同氏のウェブサイトは削除されているようです。これはやり過ぎです。たとえ、失言をしたとしても、コミュニケーションの手段を放棄するのは民主主義に反する行為です。仕方がないので、自由民主党宛てに電子メールを送りました。


【久間氏の発言要旨】

 日本が戦後、ドイツのように東西が壁で仕切られずに済んだのは、ソ連の侵略がなかったからだ。米国は戦争に勝つと分かっていた。ところが日本がなかなかしぶとい。しぶといとソ連も出てくる可能性がある。ソ連とベルリンを分けたみたいになりかねない、ということから、日本が負けると分かっているのに、あえて原爆を広島と長崎に落とした。8月9日に長崎に落とした。長崎に落とせば日本も降参するだろう、そうしたらソ連の参戦を止められるということだった。

 幸いに(戦争が)8月15日に終わったから、北海道は占領されずに済んだが、間違えば北海道までソ連に取られてしまう。その当時の日本は取られても何もする方法もないわけですから、私はその点は、原爆が落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、という風に思っている。

 米国を恨むつもりはないが、勝ち戦ということが分かっていながら、原爆まで使う必要があったのか、という思いは今でもしている。国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうことも選択肢としてはありうるのかな。そういうことも我々は十分、頭に入れながら考えなくてはいけないと思った。

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