米軍の精神医療体制を現役将校が批判

2007.1.18



 military.comによれば、PTSDなど退役兵の治療に関して、精神衛生の専門家が不足するという報告が、岩国の海兵隊基地にいる医師、マーク・ラッセル中佐の「パーフェクト・ストーム」というタイトルのレポートによって明らかになりました。このレポートは軍上層部と一般に公開されました。

 それによると、陸軍の研究では出征兵士の3分の1が、帰国する時までに精神的治療が必要になることが明らかになっています。2003〜2005年の間、軍の精神治療従事者の90%にあたる133人は、米国防総省や陸軍復員援護局によるPTSDの正式な訓練を受けていないと答えています。ラッセル中佐は海軍の精神衛生は空白地帯のままだといいます。海外に精神治療従事者が派遣されると本国で人材が不足し、セラピストの技術を維持するのも難しくなっています。ラッセル中佐の部下の補充も半分に減り、彼は民間の精神科医を4人雇用しました。この状況で、軍は精神的な問題を抱えた兵士の98%を戦場へ戻しています。ラッセル中佐の主張には反論もあり、軍の精神科医はもっと多いという意見もあります(記事中に具体的な数字があります)。

 「パーフェクト・ストーム」はハリケーンで漁船が遭難する映画のタイトルで、3つの巨大なハリケーンが1つになることで前代未聞の巨大なハリケーンになることを意味します。ラッセル中佐はこのままPTSD患者が増え続けると、軍の医療部門は治療ができなくなると警告しているのです。彼の主張への反論を見る限り、事態はそれほど悪くないように思われます。もともと、軍の医療部門は軽視されがちだとは、よく言われることです。私は精神的な問題を抱えた兵士の98%が戦場に戻されていることに問題を感じます。過去にも、米軍は長期間戦場に兵士を配置し続けて精神病者を多く作り出したことがあります。

 PTSDはストレスを長期間放置しておくことで起きます。そこから、兵士を定期的に前線から後送して休養させ、再び戦場に戻すという方法が、より兵士を長く戦わせるために使われます。現在、イラクでは約1年間イラクで勤務したらヨーロッパかアメリカの基地へ戻ることになっています。イラクでも勤務と休養を繰り返すのでしょうが、イラクでは基地内にいても完全に安全とは言えません。こうした環境では自分で思う以上にストレスが溜まる危険があります。

 戦闘ストレスは一般人には非常に理解しにくいものです。私は、自分のすぐ後方で大型ライフル銃が撃たれるのを体験したことがあります。危険はなかったのですが、距離が近かったので体がすくみました。すぐに自分の体を見回してどこにも弾が当たっていないか確かめたほどです。軍の重機関銃はこの程度かより強力な弾を1分間に数百発も連射します。その恐怖感たるや想像しがたいほどです。しかし、戦場では重機関銃よりも強力な兵器はいくらでも使われます。最近、映画のSFX技術が進んで、戦場の様相をかなり現実的に表現できるようになりましたが、それでも表現できるのはごく一部です。重低音で爆音を作っても、現実の爆音に比べると心地よい程度にしかできないのです。もし、本物と同じストレスを作り出せたら、観客は気分が悪くなって映画館を出て行ってしまうでしょう。戦闘ストレスを考えるには、実物の兵器を見るとか、想像力を膨らませて実際の戦場の様相をイメージしてみることが必要です。兵器を見るには自衛隊の訓練展示を見学するのが手頃です。空砲とシミュレータ(訓練用の模擬爆薬)は実弾とは違いますが、感覚はつかめます。戦場の詳細は、様々なメディアを通じて知るしかありません。私たちは戦場を体験できないのですから、間接的に知るしか手段はありません。書籍、映画、インターネットなど、現代では様々なメディアが利用できます。それぞれには長所と短所がありますが、活用次第では戦場経験がある人以上の知識を得られるでしょう。これを否定するのは、防災訓練は無意味だというのと同じです。体験できないことは疑似体験で把握するしかありません。軍隊の訓練自体がこの発想で立案されることを忘れるべきではありません。

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