米大統領のテレビ演説を読み解く

2007.1.12



 ワシントン・ポストが大統領の演説をテキスト化して報じました。ブッシュ大統領のテレビ演説は、いつものように予想を下回る内容でした。

 大統領は、新戦略を国民に支持させるために、まずイラク政策の誤りを認めてみせました(もちろん本心ではありません)。その証拠が、2005年まではうまく行っていたかのような物言いです。

The elections of 2005 were a stunning achievement.
(2005年の選挙は衝撃的な偉業でした)

 そして、突然2006年に問題が起こったと述べています。

But in 2006, the opposite happened. The violence in Iraq, particularly in Baghdad, overwhelmed the political gains the Iraqis had made.
(しかし、2006年に逆のことが起こりました。イラクでの暴力が、取り分けバグダッドにおいて、イラク人が成し遂げた政治的な利益を圧倒しました)

 ブッシュ大統領は、暴力が2003年にアメリカがバグダッドを占領した直後から起きていたのを、手品のように消して見せました。これで自分へのダメージを最小限に抑えて、新戦略を国民に売り込めます。しかし、この認識ではイラク問題を解決などできません。私は以降の演説は読む価値もないと思いました。しかし、それでも新戦略のポイントを考察しておくべきでしょう。新戦略のポイントは以下のとおりです。

 (1) イラクに、特にバグダッドに、約2万人を増派すること。
 (2) イラク軍の訓練を強化すること。
 (3) 期限は示さないが、治安が回復しない場合は、米軍は支援を打ち切ること。

 (1)については、過去何度か行われた増派においても、武装勢力の攻撃は減らなかったことから効果は出ないということが明らかです。2006年夏後半から秋にかけて、米軍が増派されたのに、暴力事件の規模が大きくなったのはまだ記憶に新しいのですが、それ以前にも似たようなことが繰り返されました。今回の増派でなぜうまく行くと言えるのかは、米政界からも疑問の声が噴出しています。兵員数だけでなく、イラクに投入された兵器や戦術、訓練が機能したという話はほとんど聞きません。唯一、工兵隊の対地雷防護車は、強力なIEDが車の真下で爆発しても乗員が死なないという話があるくらいです。

 (2)については、イラク軍の訓練はすでに失敗しており、それは現場から報告が上がっていることです。イラク軍に渡した武器は転売され、隊員は武装勢力に手を貸すか、自らがテロを起こしています。3つの大きな派閥から成るイラク軍は、結局、それぞれの派閥のための軍隊にしかならないのです。これもすでに失敗した手段であり、何の期待も持てません。米軍自身、そういうイラク軍を恐れて小火器以上の武器を渡せずにいます。

 (3)は、ブッシュ大統領の本音そのものでしょう。

I have made it clear to the prime minister and Iraq's other leaders that America's commitment is not open-ended. If the Iraqi government does not follow through on its promises, it will lose the support of the American people.
(私は首相とイラクのその他の指導者たちに、アメリカの関与には期限があることを明確にしました。イラク政府が自身の約束を果たそうとしなければ、アメリカ国民の支持を失うでしょう)

 要するに、ブッシュも(1)と(2)が達成できないことを内心は分かっているのです。それを明確にするために2万人を追加して、イラク政府が約束を果たせなかったという実績を作り、撤退の理由を作ろうとしているのです。彼はあと半年程度、軍とイラク政府に偽の努力を続けさせてから、米軍に撤退を命じるつもりと見えます。これから死ぬ米軍人は、このブッシュの政治ショーのために死ぬのです。コリン・パウエルが言うように、イラクに治安権限をすべて渡して、米軍を撤退させても結果は大して変わりません。しかし、ブッシュの目には、それが敗北に見えるのです。自分がイラクを見限る宣言をしているにも関わらず、それを「アメリカ国民の支持を失う」と表現して、アメリカ国民に責を帰してしまうところが、ブッシュらしいと思います。率直な性格の大統領なら、たとえそうした演説原稿が用意されたとしても、「自分の決断としてイラクの支援を打ち切る」と書き直すでしょう。

 ブッシュの決断は下されました。これからは、米議会と米国民がどういう決断を下して、この誤った決断を変えさせるのかに注目したいと思います。

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