イスラム勢力は南部の町へ逃走

2006.12.28



 military.comによると、ソマリアの情勢は急展開し、イスラム法廷会議はモガディシュを去ったようです。エチオピア軍は首都を制圧したと宣言しました。

 彼らはどこへ行ったのかというと、モガディシュから海岸を南西に進んだところのキスマユ(下の地図ではChisimayu)に逃げたようです。住民の証言では、木曜日にはキスマユの北65マイルにあるジリブ(Jilib)にハッサン・ダヒル・アウェイス(Hassan Dahir Aweys)が部下と共に到着しています。地図を見れば分かるとおり、モガディシュからキスマユへは幹線道路が通じており、その途中にジリブがあります。先に述べたように、ソマリアを支配するには、南部の河川流域から外れるわけにはいかないので、こうした逃走経路になるわけです。今後、エチオピア軍が彼らを追跡するかどうかが問題になります。しかし、イスラム武装会議は、ジリブで男の子を兵士にするためにさらってからキスマユへ向かったといいます。目撃者の話では、荷台に機銃を乗せたピックアップが45台あったといいます。この車は「テクニカル」と呼ばれており、この地域の武装勢力によって使われています。キスマユに向かった武装勢力の数は3,000人ともいわれます。

 また、アデン湾でイエメンが領海を侵犯した船を銃撃し、17名が溺死しています。記事では難民と書いていますが、逃亡したイスラム法廷会議のメンバーである可能性があります。また、彼らの身元が分かっていないため、難民として発表された可能性はあります。

 こうなると、長期の包囲線になる心配はなくなりましたが、逃げた武装勢力をどうやって捕まえるかが大事になります。エチオピア軍はキスマユに向かわざるを得ないでしょうし、ケニアの協力が必要になります。キスマユは港町なので、船での逃走を防ぐ必要もあります。また、ソマリア暫定政府を支援するエチオピア軍がソマリア人の人心をつかんだり、国際社会が武装勢力よりも穏健な政府を持つ方がよいことを身をもってソマリア人に示し、二度と武装勢力に対して期待を持たないようにする必要があります。

 なお、昨日イスラム法廷会議の負傷者の数を800人と書きましたが、赤十字社が発表したところでは、この数字は単に収容した怪我人の数で、武装勢力とは限らないようです。

ソマリア地図 右クリックで拡大できます。
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