石破茂が「太田光の私が総理大臣になったら」に出演

2006.11.11



 10日に放送された「太田光の私が総理大臣になったら...秘書田中。」に、前防衛庁長官の石破茂氏が出演しました。すでに、彼は何度かこの番組に出演していますが、彼の主張はやはり理解できませんでした。こうした番組は収録内容のうま味のあるところを恣意的に編集して放送するので、中途半端な評価しかできない引け目がありますが、それを言っていては批評はできないので、気になったところを取りあげてみます。

北朝鮮が抑止力のために核兵器を持っているのは嘘だ。北朝鮮は核兵器で日本を攻撃する意図を持っている

 この主張は明らかに誤っています。まず、抑止力の認識が変です。「抑止力」とは、通常兵力または核兵器によって外国から攻撃を受けた時、核兵器で報復攻撃を行う能力を持てば、外国はそれを恐れて攻撃をためらい、この作用よって戦争を防止する力のことです。

 核兵器が通常兵器と違うのは、戦争に及ぼす影響力が大きいことです。普通、敵国を武力で屈服させるためには大変な苦労をして、制空権と制海権を奪い、地上軍を敵国内に送り込む必要があります。第二次世界大戦のヨーロッパ戦線がよい見本で、アメリカは北アフリカに上陸した後に、イタリアに上陸し、それがおわると北フランスへ侵攻してドイツの半分を占領しました。こういう軍事行動は何年もかかるのが普通です。ところが、ミサイルに搭載した核爆弾は、同じことを1時間で終わらせられるのです。この短時間で主要都市が壊滅するような変化には、どのような国家も対応できません。ここに核戦力の強みがあります。通常兵力の場合にも、抑止力の存在は肯定できますが、もともと、それが戦争だという認識があり、特別視されることはありません。

 こうした兵器の性質からして、核兵器の装備は普通、抑止力のためと解釈されるのが普通です。しかし、その気になれば核兵器は先制攻撃につかうこともできます。私が知る限りでは、そうした考え方を持つ国は旧ソ連しかありません。西側に亡命したソ連将校が「敵がナイフを使うかも知れないのに、素手で喧嘩を始めるのはバカのやることだ、というのがソ連軍の将軍どもの考え方である。」と自著(「続 ザ・ソ連軍」)に書いています。さらに彼は、ソ連軍の「過剰虐殺」という西ヨーロッパ侵攻計画では、第一段階で大量の核兵器を使うことになっているとも説明しています。

 同じ共産主義国の北朝鮮だから、同じことをすると考えるのは早計というものです。旧ソ連は核兵器を使うことなく崩壊しました。なぜなら、大量先制攻撃は、核攻撃に続けて一気に敵国を占領しないと成功しません。部分的な成功は意味がなく、生き残った地域を策源地として軍が再編成されたり、他国の援軍が来援するなどして反撃されます。西ヨーロッパを占領しても、ソ連にとって戦争は終わらないのは明らかです。また、そのような大規模な作戦を実施する必要があるほど情勢が悪化しない限り、実施する必要はありません。結果として、そんな作戦は実施されることがないのです。これは考えようによっては、やはり抑止力の効果だと見ることもできます。

 北朝鮮にとって、アメリカの支援を受けた韓国から国を防衛し、中国からも侵略を受けない程度に友好関係を維持することが軍の第一目標です。これに比べると、日本は海の向こうにある国であり、自分からも侵攻できないかわり、日本が侵攻するのも無理なのです。だとすれば、日本を攻撃して問題を起こすよりは放置して、非難を繰り返すことで支援目当ての交渉相手としておく方が便利ということになります。

 また、北朝鮮から日本にミサイルを撃てば、西日本を狙ったミサイルの多くは韓国の上空を飛びます。大砲の場合と違い、弾道の仰角から落下地点を推定することは困難です。ミサイルはまず高度を確保する必要があるため、事前に決められた最適の角度で宇宙空間を目指します。このため、韓国はミサイルは自国に落下する可能性があると考え去るを得ません。1970年に、よど号ハイジャック事件が起きた時、KCIAは金浦空港の管制官に平壌空港からの交信を装わせ、よど号を金浦空港に誘導して着陸させました。韓国は、ハイジャック機が自国の領空を通過して、北朝鮮に着陸することを許す気はありませんでした。ミサイルの場合、自国に危険が及ぶ可能性もあるため、韓国は北朝鮮のミサイルが自国の上を飛ぶことを認めないでしょう。効果が出るかどうかは不明ですが、韓国はミサイルの発射拠点を攻撃すべきだと考えるでしょう。日本と韓国の間には、軍事同盟は存在しません。しかし、韓国は自国の防衛のために、日本を助ける可能性があるのです。このことは当然、北朝鮮も予想しています。つまり、日本を攻撃することは、韓国との戦いをも余儀なくされる恐れが十分にあると、北朝鮮は考えるのです。

 さらに、日本が攻撃されれば、安保条約に基づいてアメリカは反撃します。これは在韓米軍も同じです。その時に、韓国軍が傍観しているはずはなく、一緒に行動すると考えなければなりません。日本の強みはここにあります。日韓間に軍事条約がなくても、同様の作用が働くようになっているのです。こうした状況で、なぜ日本を攻撃することに限定して核兵器を開発するでしょうか。抑止力のためと考えるのが当然です。

 石破氏が自説を主張するには、別の証拠を示す必要があります。しかし、その証拠は見当たらないのに対して、逆の証拠はあるのです。テポドン2は、その仕様からして、日本を攻撃するにはまるで向いていません。2段目と3段目が切り離れる前に日本列島を飛び越してしまうからです。

 前述したように、北朝鮮は核攻撃を行った後で日本を占領できません。これは日本を生き残らせ、北朝鮮を滅ぼすことを国是とする国に生まれ変わらせる効果しか果たしません。経済制裁を解除させるための脅しとして核攻撃をしても意味はありません。世界中から攻撃されるだけです。

 ところが、石破氏はあとで「日本を核攻撃すれば、それは北朝鮮の終わりの時」と発言しました。これは明らかに自説と矛盾しています。石破氏の意見を要約するなら、北朝鮮はそうすれば自滅すると分かっていながら、日本を標的とした核兵器を開発していることになります。こんな間抜けな戦略は考えられません。太田総理が激しく突っ込んだのは、こうした不明朗な論理展開に対する疑問のためだったのかも知れません。

 明らかに、石破氏の見解は、結論から逆算した「ためにする議論」でしかありません。北朝鮮は危険だ。北朝鮮は日本を攻撃したがっている。だから、日本を攻撃するために核兵器を開発している。これは北朝鮮の立場に立って、北朝鮮が取り得る戦略を検討したのではなく、映画や小説の悪役のイメージでしか北朝鮮を見ていないとしか思えません。

 石破氏は自著の中で、国防においてはギャンブルはできないのだ、と書いています。これは国民思いにみえるけど、際限のない武力競争を招きかねない考え方です。ほっておいてもよい細かなことでも制度を作り、役所に部署を設置するという方法は敗北への近道です。この発想だから、当たるかどうか分からない迎撃ミサイルを買い、防災シェルターは用意しなくてよいと考えてしまうのです。ミサイル防衛は、敵が何発のミサイルを発射し、迎撃ミサイルが何発を破壊し、実際に何発が自国に着弾するのかという確率の問題であり、ギャンブルの問題なのです。ギャンブルに強い人の方がよりよいミサイル防衛を構築できるのであり、ギャンブルではないと考える人が指揮をとってもうまくは行かないのです。

 そもそも、「戦争はギャンブルだ」とクラウゼヴィッツも語っていますし、孫子も「戦争は敵をだますことだ」と言っています。戦争は一筋縄ではいかないもので、それをギャンブルはできないといったくそ真面目な頭で読み解けるものではないのです。だから石破氏には北朝鮮の核武装の理由を正しく読み解けないのです。金正日は石破氏が自著に書いたように、国防でギャンブルをする気がないから、念を入れて核武装を考えたに他ならないのです。金も石破氏も、その点では動機はまったく同じです。

日本が核武装をするためには、莫大な費用がかかる

 石破氏の「ためにする議論」はさらに続きます。

 彼が反論を封じるために使うのが、この「金がかかりすぎる」という理由です。別の議論で、彼が「日米安保を放棄して、日本が独自の防衛体制を構築する」ことについて、同じ理由で反対していました。石破氏の論理展開のパターンとして、高額の費用を理由にするのはひとつの特徴です。

 日本独自の防衛体制が金がかかる一つの理由は、高額の国産兵器にあります。特に、航空産業は民間機に売り物が少ないため、防衛部門で維持している面があります。その結果、日本の防衛費は高額なものになっているのです。この問題の解決に取り組んで、日本独自の防衛体制を作るのが理想的だとすれば、それに邁進するのは政治家の一つの道でしょう。しかし、石破氏はたった一言で却下してしまいます。

 核兵器の開発に金がかかるというのも同じです。ミサイル防衛に投じる予算の一部で、十分に核兵器は開発できるはずです。すでに確立した技術なのだから、原理に従って構造を設計すれば、遠からず核兵器は所持できます。第一、あの貧乏な北朝鮮が核兵器を開発できたのに、日本の経済力では無理だと断定するのは無理が大きすぎます。

 国防でギャンブルができないのなら、どんな議論も「金がかかるから」で終わってしまうわけはありません。そうなるのは、元々、大した話ではないからとしか思えません。

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