イラクの民間軍事企業の危機

2006.10.18

 イラクに派遣されている米政府の契約企業の社員に関する報道があり、military.comが「日常的に危機にさらされる契約企業」というタイトルの記事を掲載しました。契約企業の社員がどのような危険にさらされているのかは、これまで取りあげられたことがありません。民間軍事企業に関しては、「戦争請負会社」という本がありますが、社員の被害についてはあまり書かれておらず、危険が増えると会社が業務を中止してしまうので、軍の活動も止まるという問題を取りあげていました。

 契約企業の社員、数万人がイラク国内で働いていると考えられています。ケロッグ・ブラウン&ルート(代表的な民間軍事企業)は、中東各地に5万人の社員を派遣しています。米労働省はこれまでに641人が死亡し、6,646人が負傷したと考えています。icasualties.orgは報道記事から140人の死亡(その内58人が警備員と警備技術者)をリストアップしています。また、その次に多い22人はトラック運転手で、軍を除隊した後、民間時として勤務していた人たちです。

 トラック運転手が輸送中に襲撃されると、その場で処刑されます。彼らは武器の携帯を禁じられているため、余計に襲撃を受けやすいようです。あるいは、IEDによって体を吹き飛ばされることもあります。ある事例では、左前腕以外の運転手の体のすべてがなくなりました。自分の息子がいる軍を支援するために物資の輸送に携わったシンシア・モーガンは、3ヶ月の間に6回の待ち伏せ攻撃に遭い、帰国後も悪夢にうなされているといいます。護送任務に就いている軍が十分にトラックを守らず、見捨てたケースも書かれています。この仕事は、自分の車に弾が当たらないことを祈りながら、炎上する仲間のトラックの横を通り抜けるほど危険なもので、モーガンによるとアドレナリンが出っぱなしになる体験だといいます。こうした被害から社員を救う制度がないこと、軍には復員軍人病院があるのに、民間人には何もない、と記事は書いています。退社すると、政府も企業も彼らに何の助けもしなくなるのです。

 民間軍事企業のトラック運転手は、年俸8万ドルという破格の報酬を得られます。この給与は兵卒の給料の4倍にあたります。私が知るところでも、ほとんどの将校の給料よりも多い額です。そのため、兵士の敵意を買いやすいとも記事は書いています。これが彼らが十分に護衛してもらえない原因ではないでしょうか。さらに、米政府は彼らの存在を意識的に無視しているとも記事は指摘します。そうしないと、派遣兵力の不十分さ、労働者の基本的な権利の欠如など、ありがたくない政治テーマに答える必要が出てくるためでしょう。これが一般のトラック運連手なら、あの全米トラック協会が黙っていないところです。

 湾岸戦争の時にも、トラック運転手は民間人が多数雇用されたと記憶します。この時は、港から後方の輸送部隊までの輸送であり、サダム・ラインという明瞭な前線が存在する戦いでした。トラック運転手は危険な地域を走る必要はなく、ごく普通の輸送業務だったのです。だから、韓国から出稼ぎの運転手が多数参加したといいます。しかし、イラク戦には戦線が存在しません。どこに武装勢力が出るか分からない戦場です。そこにかなり無理な形で補給線を敷き、無理な戦いをしているのです。

 これは米議会が本格的に調査すべき問題だと思います。余談ですが、今月の米兵の戦死者も前半だけで53人という異常に高い数値を示しています(military.comより)。

Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.