核実験の仮説とダメージ・コントロール

2006.10.16

 北朝鮮の核実験はいまだに確証が得られないようです。これまでここで指摘してきた疑問点を含めて、ひとつの仮説を考えてみました。

 北朝鮮は1998年5月にパキスタンで核実験を行っており、10〜20ktの核爆発はすでに経験があり、このことは欧米の情報機関が突き止めると考えていました。しかし、どの国の情報機関も確証を得ることができなかったので、北朝鮮の核技術は“自称”のままに留まり続けました。そこで、核保有国としての格を得るために国内で実験を行うことにしたのですが、地下水への汚染を心配して4ktの爆発力に留めようと考えたものの、実験は部分的な核爆発か失敗に終わりました。

 この仮説なら一応の説明はつきます。もちろん、確証はありません。また、ロシアがいち早く核実験と断定したことから、ロシアが何らかの情報を持っているのではないかという懸念が韓国で高まっています。そこから、北朝鮮に核技術を渡したのはロシアではないかという意見も出ています。これまではイランと中国が疑われていましたが、実際にはロシアが関与していたのかも知れません。この実験の謎は当面解けないかもしれません。

 それにしても、ズレを感じるのは日本国内での議論です。核攻撃を受けたらどうするかといったテーマで、あるテレビ番組は国民保護計画の指針をそのまま報じました。つまり、将来導入される警報システムによってミサイルの飛来を知ったら、屋内へ非難することです。それも、できるだけ家の中心にある部屋に待避して、窓にはテープで目張りをしましょうといった原始的な対処法を真面目に紹介していました。面白いことに、現状ではミサイルが発射されたことを知らせる術もないことは説明するのに、それを問題にしなかったことです。コメンテーターたちは「デパ地下に避難すれば、食べ物もあるからいいね」と笑っていました。1980年代にソ連脅威論が高まった時にも核シェルターの話は出ましたが、現在のように途方もなく楽観的な話ではありませんでした。

 おまけに、石破茂前防衛庁長官がVTRで登場し、「できるだけコンクリート造りの建物の中に避難してください。それだけでかなり違います」などと誤った避難方法を宣伝していました。現在、コンクリート造りの建物は減っています。高層ビルのほとんどは、鉄筋にパネルを貼り付ける方式で、放射線を遮る効果の高いコンクリートは使われていません。厚さ1mのコンクリートは放射線を1万分の1に減じます。しかし、こんな要塞のような建物は実際にはなく、おまけにほとんどの場合、窓があるため、遮蔽効果は薄いのです。熱線や初期放線を防ぐには、窓の下の部分に隠れるのが効果的かも知れません。爆心地に近い場合は窓も破られ、そこは戸外と同じ状態になります。映画「ターミネーター2」にビルが核爆発で鉄筋だけになってしまうシーンがありますが、これは現代の建築技術を踏まえ、予想される状況を正確に表現しています。

 日本政府が宣伝している避難方法は、1986年に製作されたアニメ映画「風が吹くとき」で見られるものと同じです。この映画は、田舎に住む老夫婦が核戦争が迫ったことを知り、政府が発行した民間防衛のパンフレットに従って行動するのですが、結局、放射線障害で死んでいくという話でした。老夫婦が「明日はきっと状況はよくなっているさ」と言いながら灯りを消すところで映画は終わります。しかし、観客は二人がまもなく死ぬことを確信するという内容でした。日本政府が教える方法は、この映画で紹介されるものよりも悪いものです。たとえ地下に避難しても、換気システムが停止しなければ放射性物質は地下にも入ってきます。地下鉄にはあちこちに空気取り入れ口があり、そこを塞がないと地下も徐々に汚染されていきます。仮に、外気の侵入をすべて防いでも、大勢が避難した地下の空気はよどみ、全員が窒息死することになります。被害を減らしたければ、地下シェルターを作るしかありません。短時間で避難できない高層階には各階、マンションなら各戸にシェルターを作るしかないでしょう。

 世界で唯一の被爆国なのに、現実を遊離した議論ばかりなのは不思議です。ミサイル防衛システムがないことばかりが問題視され、手近なダメージ・コントロールの手法がないことがまったく非難されないのは理解できません。

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