吉進丸事件・船長が事件を証言

2006.10.4

 吉進丸の船長が帰国して記者会見を開きました。その結果、新しいことが分かりました。信号弾、警告射撃は一度も行われませんでした。ロシア警備隊員が乗船した時、乗組員が刃物で向かってきたので発砲したというロシア側の報道は嘘だと船長は証言しました。事件当時、吉進丸は中間ラインのさらに内側にある漁業調整規制ライン上にいたといいます。事件当時、GPSで位置を確認していたものの、機械がエラーを起こして、それに気を取られたとも語りました。

 ロシア側が停船命令を何らかの方法で発したのかどうかは、十分に確認できません。吉進丸は当時、無線機を切っており、ロシア警備艇が無線で停船を命じたという主張を否定することができないのです。ロシア警備艇は長時間吉進丸を追跡しています。その間、無線で呼び続け、吉進丸が止まらないので業を煮やしてゴムボートを出した可能性を否定し切れません。照明弾や警告射撃は見えない場合もあるので、ロシア警備隊が実施したともしなかったとも言えます。吉進丸がそれに気がつかなかった可能性もあります。

 ロシア警備隊員が正当防衛のために発砲したというのは、高い確率で嘘です。船長はロシア側から14発の弾痕があると説明を受けたといいます。弾痕は喫水線の下にもあったという報道があります。ゴムボートに乗っていた警備隊員は2名です。ゴムボートを操船するために1名は残る必要があるので、吉進丸に乗り込んだのは1名のはずです。その時に乗組員が暴行に及んだことになりますが、ゴムボートから自動小銃を撃てば同士撃ちになる可能性が高いので避けるはずです。

 吉進丸が越境したかどうかは、船に残る航行データが確認できないので分かりません。ただし、稚内沖で起きた事例があるように、日本の領海内にいる漁船が操業中に潮に流されてロシア側に入ってしまう、不作為による越境であった可能性は否定できません。船長は拿捕地点を貝殻島の北西2.4kmと説明しました。これはロシア側の主張とほぼ同じです。また、根室港へ戻るコース上で、カニかご漁を終えて戻る途中だったという説明にも矛盾はありません。無罪を認めないと5ヶ月間も拘留されると説明されたために有罪を認めたという話は理解しやすいことです。望ましくないことですが、この程度のことは日本でも珍しくありません。しかし、北海道海面漁業調整規則違反を回避するための証言であるかも知れません。(なぜか、記者会見では操業した位置に関する質問は出なかったようです)

 ロシア警備艇が越境した可能性もあります。事件直後、近くを航行中のロシア船から、ロシア警備艇が越境して日本漁船を拿捕したという情報が寄せられたといいます。この情報はその後何も出てこないため、追跡調査しているのかは分かりません。しかし、吉進丸のデータは入手できなくてもこの船のデータを押さえることは不可能ではありません。海上保安庁はロシア警備艇が越境することはあるかも知れないけど、拿捕までするとは考えにくいと言っているようです。ロシア側が無茶な拿捕をする必要は、通常はないと考えられます。しかし、事件直前に日本漁船の越境が何度も確認されていたことから、ロシア側が取り締まりに乗り出した場合、不幸にしてこうした事件が起きる可能性はあります。彼らが、連日取り締まりを行ったにも関わらず、成績を上げられず、一件だけでも強引に摘発しようと考え、越境してでも拿捕を試みたのかも知れません。その背景には、上層部からのプレッシャーなど様々な理由が考えられます。

 これまで説明してきたように双方の証言は食い違っています。吉進丸が差し押さえられたため、吉進丸側、ロシア側、双方の主張の裏付けはとれません。吉進丸はロシア人だけが参加する競売にかけられるとのことです。外務省は落札したロシア人から船を買い取ってでも航行データを回収すべきですが、競売の前にデータが消去される可能性も十分にあります。こうなると、海面漁業調整規則違反でも立件はむずかしいでしょう。漁協は漁場管理レーダーを設置していますが、貝殻島付近は死角になっており、事件を把握できなかったといいます。

 今回の証言を聞いて、領土問題を前面に押し出した日本の事件処理は誤りだったと、改めて考えざるを得ません。ロシア警備隊が海上保安庁と同等の十分な警告を行ったのか、ロシア警備隊員が酒臭かったという点など、具体的な事実を示して、ロシア側を追求できなかったかと思います。

 すでに道は対応を検討しているようです。レーダーの改善や取り締まり方法についてのロシア側との協議など、やるべきことは色々あります。領土問題一点張りの国の対応では漁民は救えません。

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