米上院が捕虜条約の見直しを決定

2006.9.30

 先日紹介した、テロ容疑者への尋問の内容を国内法で定義する法律が下院に続いて上院でも可決されました。ブッシュ大統領は当然、この法案に署名するでしょう。ジョン・マケイン上院議員の反対も功を奏しなかったようです。未だに、アメリカでは「パトリオット・シンドローム」とでも呼ぶべき状況が続いており、「愛国」の名の下に意味のない決定が下されているのです。私はこういう状況を「銃後の浅知恵」とも呼んでいます。

 ジュネーブ法では第3条約の第17条で「捕虜の尋問」について定義していて、捕虜から情報を得るために、肉体的、精神的な拷問を加えてはならないことになっています。尋問できるのは氏名や階級などの基本的な情報だけで、これは第三国を通じて祖国に捕虜になったことを通知するための手続きです。捕虜は奴隷ではなく、基本的な人権がすべて認められます。御存知のように、アメリカはこの規則を破り、テロ容疑者を拷問しています。当初、テロ容疑者はジュネーブ法上の「捕虜」に該当するかが議論の対象となりました。ジュネーブ法は民兵や一般市民が緊急的に武装した場合も戦闘員と認め、捕虜になる資格を認めていますが、テロ容疑者については定義がありません。そこで、ジュネーブ法を「準用」する形で、テロ容疑者を捕虜として扱うことになったのです。

 アメリカにすれば、逮捕したテロ容疑者はアルカイダの実体を明らかにするための重要な情報源と考えます。拷問してでも白状させようと力む気持ちは理解できますが、実際には悪影響しか及ぼしません。マケイン議員やコリン・パウエルが反対したのは、それを懸念するからです。

 反対の理由として、米兵が捕虜になった場合、アルカイダによって拷問される危険が高まるといわれました。現状では、米兵が捕まると必ず処刑されているので、これを心配しても意味がないというのが賛成派の主張なのでしょう。

 もう一点、捕虜になると拷問されると知れば、テロリストたちは必死で戦い決して手を抜こうとしないことになり、戦闘がより激化する危険が考えられます。硫黄島で戦った米海兵隊員は後退が認められていない日本兵が捕虜を取るとは信じず、必殺の信念で戦ったといいます。こうした「生か死か」しかない戦いは必然的に激化するものです。さらに、アルカイダにすれば、アメリカの非道ぶりを宣伝する格好の材料にもなります。

 ジュネーブ条約がはじめて締結され、赤十字社が活動を始めると、戦争の犠牲者が減ったという史実があります。しかし、こうした事情を戦争の理解が薄い人に納得させるのはむずかしいものがあります。マケイン議員はベトナム戦争で捕虜になった経験があり、体験としてこのことを知っています。パウエルにはそういう経験はありませんが、知識としてそれを理解しています。

 戦略的に見ても、この法律は誤りです。アルカイダは正体不明の軟体動物のようなものです。尻尾を切ってもまた生えてきますし、頭を銃弾で撃ち抜いても別の頭が生まれるような組織なのです。追いつめて勝負を決める時は、必ずそれで戦争が終わるという確信が必要です。アルカイダはビン・ラディンが死んだところで活動を続けるでしょう。そんな戦いを、アルカイダを殲滅するまで続けると宣言するのは、最初から方向性が間違っています。このことはいくら強調しても足りません。

 さらに、長期間に渡って拘留している捕虜から、いまさら新しい情報が得られるとは考えられないのです。こういう意味のない法律で、新しい危険を作り出す必要はないのです。

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