アーミテージが情報源だったことを認める

2006.9.9

 ジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使の妻・バレリー・プレイムがCIAの工作員だったことをカール・ローブ大統領次席補佐官が暴露した事件で進展がありました。

 この事件は、ウィルソン元大使が2003年7月6日に『ニューヨーク・タイムズ』に掲載したコラムで「イラクがニジェールからウラニウムを買おうとしなかったことは、彼が2002年に行った調査で明らかで、CIAと国務省に報告済みだったと語った」と記事に書いたことに政府高官が激怒し、報復としてウィルソン元大使の妻・バレリーがCIAの工作員だったことを暴露したという話です。当時、イラク侵攻を正当化しようとしていた米政府は、イラクが核兵器の原料となるウラニウムの加工品「イエローケーキ」をイラクが入手しようとしていたことを証拠立てようとしていました。記事が公表された結果、米政府は2003年の大統領一般教書演説に書かれたこの事実が間違っていたと公式に認める羽目になりました。

 さらに、続く14日、ジャーナリストのロバート・ノバックが『ワシントン・ポスト』に、この調査を勧めたのはバレリーだったという記事を発表しました。情報源は「二人の政府高官」と書かれていました。

 イラクが核兵器を入手しようとしているという筋書きを大衆に信じ込ませたい米政府は、ウィルソンの証言の信憑性を落とすために、バレリーはCIAの工作員だと暴露したのです。秘密工作員になるのは、国家に対する最大の貢献です。しかし、その功績は政府内部だけのもで、民間においては危険人物と見られます。大使夫人としてのバレリーの信用性は、少なくとも民間においては失墜するのです。それによって、ウィルソンのコラムをマスコミがもてはやすのを封じようとしたわけです。

 しかし、陰謀としても滅茶苦茶としか言いようがない話で、政府が自分のスパイは信頼できないと言ったも同じである上、絶対の信頼が必要な政府とスパイの間にヒビを入れてしまったのです。

 今回明らかになったのは、ロバート・ノバックに最初にバレリーの話をしたのは、リチャード・L・アーミテージだったというアーミテージ自身の告白です。

 この事件の構造は非常に複雑です。ノバックは情報源の二人の政府高官は、カール・ローブ次席補佐官とビル・ハーローCIA報道担当官(当時)としており、このほかに最初に名前を出した政府高官がいると言っていました。ところが、ローブ次席補佐官もバレリーが工作員であると聞いた情報源をノバックだとしたのです。これについては、7月に、ローブ次席補佐官が情報源はノバックではない別のジャーナリストだと証言を訂正しました。最初にバレリーの名前を口にした政府高官が誰かは謎で、ノバック自身も情報源の秘匿を理由に語りませんした。今回、アーミテージが「それは自分です」と明かし、謎の一端が解明されたのです。アーミテージはバレリーが工作員だと知らなかったのに、思いつきでノバックの質問に答えてしまったと言っています。ワシントン・ポストの記事から当時の会話を再現すると次のようになります。

ノバック:ねえ、なぜCIAはウィルソン氏をニジェールに行かせたのですか?

アーミテージ:分かりませんが、彼の妻がそこで仕事をしていたのだと思います。

 アーミテージはバレリーの名前を直接出したわけではありませんが、ウィルソンの調査と彼女を関連づけてしまったのは間違いがないようです。事実、彼はその年の10月まで、自分がノバックの情報源であることを認識しなかったといいます。アーミテージのような信頼性抜群の人物が、重要な秘密情報を意図的にリークするとは思えません。この種の話は、ほかにもあります。ロバート・マクナマラの回顧録に、まだ政府内の少数のものしか知らない情報が記事になった時、誰がしゃべったのかを確認するためにケネディ大統領と話し合った時の話が書いてあります。同席した別の人物が、記事を書いた記者が最近大統領の静養先を訪れた証拠を示すと、ケネディは「ああ、何て事だ!」と叫んだといいます。大統領は自分で記者に話してしまい、それを忘れて、大変だと騒いでいたのでした。

 次席補佐官が工作員を売るような政府では、優秀な者は工作員になろうと思わなくなるでしょう。政府が欲しいと思う情報だけを報告する者が増える恐れもあります。対テロ戦争を遂行するにしても、ブッシュ政権では力不足だと思います。私はいまでも、「大統領がゴアだったら?」と考える時があります。彼ならもう少し上手くやったはずなのは間違いありません。

Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.