政府とマスコミによるミスリード

2006.7.12

 北朝鮮のミサイル発射に対する日本の反応について考えてみました。

 防衛庁が5日に発表したふたつの書面には、どちらもミサイルの落下地点は「ロシア沿海州南方の日本海」と書かれていました。どういうわけか、どのマスコミもこれを「稚内沖550km」と報じ、一時は「稚内沖110km」という情報も出ました。その後、防衛庁が書面を発表し、それに掲載された図を各メディアが報じました。これによって、テポドン2が日本の近くに落ちたという認識が広まりました。新聞や通信社の記事を見ると、落下地点を「日本から数百キロ離れた日本海」と表現しています。私の記憶ではNHKの朝7時のニュースですでに「稚内沖550km」と報じていました。他のテレビ局も横並びで同じように表現し、「稚内沖」とか「北海道沖」と表現していました。反面、新聞社は「沿海州沖」と表現していたようです。5日のテレビニュースの内容はすでに確認できないのですが、ひとつだけ見つかりました。

 札幌テレビ(日本テレビ系列)は5日のニュースで「ミサイルはあわせて7発、このうち3発目がこちら北海道の西方沖、およそ500キロの海上に着弾しました」と報じ、和久井アナウンサーは「朝6生ワイド」で「北朝鮮が発射したミサイルは北海道の沖500キロに落下」と述べています(同局のサイトより引用)。

 下の地図は稚内を起点に550kmの円を描いたものです。これを見れば、テレビ局が報じた内容が実態と違っていることが分かります。単に北海道西方500kmとした場合、ロシア領土にかかる部分もあり、説明としては分かりやすいとは言えません。はっきりとしたことは分からないものの、防衛庁が発表した妥当な落下場所の説明を分かりにくくしたのはテレビ局のようです。どこが最初に言い出したのかは、NHKだと考えるのが妥当でしょう。(もし、NHKや民放各社のニュース速報を憶えているとか、録画した人がいたら内容を教えてください)


 それから、先軍政治派と改革派の対立が今回のミサイル発射の原因だという主張も、最近の北朝鮮国内の動向とミサイル発射を結びつけた推論に過ぎず、主張している人自身にも具体的な根拠はないはずです。

 5日の午前中には、日本政府はミサイルの軌道について、かなりの精度の情報をつかんでいたはずです。そして、テポドン2の大失敗も午後までには認識したことでしょう。防衛庁は「国民の皆さん安心してください。テポドン2の落下場所は最初の発表よりも大幅に北朝鮮寄りでした。日本に危険はありません」と宣言してもよかったはずです。ところが、時事通信は5日午後の記事でこう書いています。

 防衛庁によると、米軍の偵察衛星が5日撮影した画像では、5月上旬から監視していた北朝鮮ミサイル基地の発射台からテポドン2号が見えなくなった。今回発射し、失敗した3発目とみられる。同庁は護衛艦を出動させ、落下物の捜索を続けている。同庁幹部は「燃料系統の不具合で失速したのか原因は分からないが、いずれにせよテポドン2号の完成度が低いことが証明された。どこに落下するか予測できないという意味では、テポドン1号より危険度は逆に高い」と指摘した。

 この記事はテポドン2が日本の近くに落ちたと思わせるように書かれています。そして、これ以降、防衛庁はミサイル防衛の重要性ばかりを口にするようになるのです。

 ところで、本当に「発射に失敗したロケットは余計に危険」なのでしょうか? テポドン2がどう故障しようとも1段目が日本に落下する心配はありません。1段目はその最大到達距離から言って、北朝鮮から日本までの間の3分の1くらいのところに落下します。日本に到達する可能性があるのは2段目と3段目です。簡単にいうとミサイル全体の上半分だけです。日本上空を通過する時までには2段目は半分くらいの燃料を燃焼させています。テレビで繰り返し放送されるテポドン1の映像を見慣れると、あれよりも大きなテポドン2がそのまま落下してくると錯覚してしまいます。日本に到達するテポドン2は、直径1.5m(3段目は2m)、長さ15m程度の円筒でしかありません。危険だとすれば、ビック氏が指摘しているように、テポドン2に自爆装置が付いていないことをあげるべきですが、防衛庁はなぜかこれには言及しません。北朝鮮の主張では、テポドン1は日本列島を200km以上の高度で通過しています。最高高度は300kmという情報もあります。この時にはマッハ10以上に達しているはずですから、高度を下げれば大気との摩擦で高熱になって溶解し、搭載している燃料は爆発するでしょう。テポドン1ですら、1段目の噴射が終わる辺りでスペースシャトルが空中分解した高度の遙か上を飛びますから、大半は空中で消滅するはずです。

 そして、遅くとも9日までには、額賀防衛庁長官が新型のスカッドERの話を始め、その射程距離は翌日には2倍に伸び、週末のテレビ番組によってミサイルの脅威は確定的なものになりました。そして、週明けの10日になると「先制攻撃論」が飛び出したのです。テポドン2が発射後まもなく自壊し、それも弾頭の覆いが壊れたことは伏せられました。ミサイル・システムが不完全だということ。弾頭の強度が低いことから、再突入を想定した耐熱・耐衝撃能力を持つ核弾頭用の外殻はテストされていないと考えられることを隠そうとしているとしか思えません。

 ミサイル発射から1週間ほど経つのに、日本政府は初期の報告のまま、情報を更新していません。伝統的に軍事論は、脅威を正しく見積もり、正しい戦略を立てることを重視してきました。戦いにはまぐれ勝ちということもありますが、それでは常に勝つことはできないという戒めです。日本政府は脅威を誇張し、行きすぎた戦略を立てようとしています。政府がこの態度だと、各都道府県などの行政機関も誇張されたデータを元に対策を立てることになります。各地で誤った対応策が実施されることになり、それがどんなものになるかも予測困難です。

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