間違いだらけのテポドン発射報道

2006.7.7

 7月5日のテポドン2の発射で日本は大騒ぎになりました。しかし、明らかに誤りと分かる報道も多く、感情的な発言も多いという問題を残しました。これまでに分かったことを整理して、問題点を取りあげてみました。

着弾位置を示した地図の不正確さ

 NHKをはじめとするテレビ局の多くが、「落下地点は稚内沖550km」という情報しかない段階で、地図上に落下地点を示して説明していました。稚内沖550kmとしか分からない内に、落下地点の座標を特定できるはずはなく、これは明らかに推測を含んだ説明でした。中には100km程度の沖合に落ちたという情報すらありました。おまけに、地図上に示された落下地点は日本にかなり近い場所でした。これで青ざめた人は多かったのではないでしょうか。落下地点は時間が経つに連れてロシアよりに修正されていきましたが、地図による説明は視聴者を不安にさせただけでした。7日になって、テポドン2はほんのちょっとしか飛んでいなかったことが明らかになりました。

 米政府系シンクタンクのサイト(globalsecurity.org)に掲載されたアメリカのロケット専門家チャールズ・ビック氏の論文(May, June, July 2006 Build-up to the Taep’o-dong-2C/3 Satellite Launch Attempt.)によれば、テポドン2は距離にして1.4km、高度4.4kmしか飛ばなかったといいます。舞水端里発射施設から稚内沖550kmまで飛ばすには、少なくとも500km以上は飛ばす必要がありますが、実はたったの1.4kmだったのです。この論文では、テポドン2が発射された順番は4番目になっており、3番目とされた当初の報道が誤りであることも分かりました。2番目と3番目に発射されたのがノドン・ミサイルであったため、3番目の発射と混同された可能性があります。いずれにせよ、発射施設からごく近い場所で爆発したことから、実験は大失敗であり、テポドン2は1段目に重大な欠陥があり、実用に堪えないミサイルであることが証明されました。

テポドン2はアラスカに向けて発射された

 どのメディアも北朝鮮がテポドン2をアラスカに向けて発射したと報じました。自衛隊の元高官をはじめとするコメンテーターがそう言ったので、信じている人が多いでしょうが、前述の論文は南太平洋に向けた軌道だと見積もり、すでに6月17日にそれを発表していました。この軌道は1998年のテポドン1の発射方位とほぼ同じと考えられます。globalsecurity.orgに掲載された予想軌道を見ると、長距離弾道ミサイルの弾道の特性がよく分かります。

 テポドン2も発射に成功していれば、テポドン1が日本列島を横切った時に似たことが起きたはずです。しかし、この時点ではテポドンはかなりの高度に達しており、1段目はすでに切り離されて、日本海の遙か遠くに落下しています。ここから2段目と3段目が落下しても、地上に激突するまでにほとんどが燃え尽きるので被害は出ないでしょう。テポドンが故障して予定した軌道を通らなかったとしても、自爆装置がついていますから、ミサイルはバラバラになって落下し、地上に到達するまでにはほとんど燃え尽きています。最悪のシナリオは、テポドン2が1段目を切り離した後に異常が起こり、エンジンの燃焼を止められず、コントロール系統も故障して制御できなくなり、同時に自爆装置も故障して、そのままの形で日本に落下してくることです。エンジンが故障した場合は空中爆発する可能性が高く、破片が細かくなるので危険は小さくなります。自爆できない場合はどうなるのか? 私たちには参考にできる事故の事例があります。2003年のスペースシャトル「コロンビア号」の事故では、高度約62km、速度マッハ18.3で無線が途絶したことから、空中分解はこの直前に始まったと推定されますが、地上で大きな被害は出ませんでした。回収された破片はシャトルの重量の約38%といわれ、残りの多くは燃え尽きたと考えられています(宇宙航空研究開発機構の資料による)。どの程度の被害が出るかは、ロケット工学の専門家の意見を聞くべきでしょうが、それでもそれほど高いものではないと考えます。

 テポドン2がハワイを照準にしていたことは、産経新聞が7月7日付ではじめて報じました。しかし、前述の論文がインターネット上に発表されたのは6月17日です。重要な情報が半月以上放置されていた上に、危機感を煽る姿に変えて報じられたのは重大な問題です。この論文では、テポドン2はアメリカに向けられて発射されるとは考えられないと述べています。事実、想定された軌道はハワイ諸島の遙か西を通過しています。ロケット実験とすれば、危険を避けるために人口が少ない太平洋を選ぶのは自然で、大々的に成果を発表できるために選んだのだと考えられます。

 初期の情報が不正確なのは仕方がないことではありますが、正確性を維持するよう努めることも重要です。今回の事件で初期の監視情報がかなり不正確なことも分かりました。これは今後の参考にすべきです。

テポドン2はアメリカを刺激しないために自爆させられた

 莫大な費用をかけて開発したロケットをわざと爆発させるとは考えられません。これは映画や小説を読みすぎた人が想像することでしかありません。アメリカがそこまで深読みすることをあてにはできませんし、実験失敗という認識が世界的に広まるデメリットを考えると排除すべき選択肢といえます。ロケットは予定した距離を現実に飛ばして、はじめて機能が証明されます。北朝鮮はアメリカに圧力を加えるために人工衛星の実験を行い、自分たちがICBMを開発する能力を持っていることを示し、二ヶ国協議に持ち込みたいのです。500km足らずで爆発させたら、何の圧力にもなりません。

テポドン2は第7艦隊の艦船の近くに向けて発射された

 折しも、小樽港に米空母キティ・ホークが、ロシアのウラジオストック港に揚陸指揮艦ブルーリッッジ(第7艦隊旗艦)が寄港していたため、テポドン2の発射と関連があるとみなした報道がありました。しかし、この程度のことでアメリカに圧力をかけられるとは信じられません。関連性が薄く、アメリカが圧力だと認識すると思えないからです。キティ・ホークは予定通り5日早朝に小樽を出発しています。

テポドン2の1段目は固体燃料だ

 これはある人物がテレビで断言していたことです。テポドン2の燃料の材質は資料により異なりますが、液体燃料であるというのが専門家の見方です。北朝鮮のミサイルは旧ソ連の液体燃料式ロケットを元に開発されています。北朝鮮には旧式で射程100kmのKN-2しか固体燃料式ロケットはありません。KN-2以降のロケットはすべて液体燃焼式です。テポドン1の3段目は固体式ですが、中国製と判明しています。北朝鮮が固体式ロケットの開発に成功したとは考えにくく、もし成功しているすると、アメリカは今のようにのんびりはしていないはずです。燃料の注入の必要がない個体式ロケットは短時間で発射できます。テポドン2のような大型ミサイルの1段目に固体燃料を使えるようになったとすれば、アメリカにとって重大な軍事的危機なのです。


 以下は、私の私見です。

テポドン2発射をどう評価するか

 世界中のロケットの専門家が、今回の失敗で北朝鮮のロケット技術が想定されていたものよりも低いと感じているはずです。発射直後に爆発したテポドン2に関しては完全な失敗で、スカッドやノドンを発射したところで何の目新しさもないことから、脅威が増したと感じる必要はありません。今後、さらに詳しいデータが公表されても、失敗という認識が覆るとは思えません。ロケット工学の専門家が今回の失敗をどう評価するのかを、ぜひ聞きたいと思います。

テポドン2のさらなる発射

 北朝鮮はテポドン2をさらに発射する兆候を見せているということです。しかし、発射直後に爆発するようなミサイルを繰り返しテストするのは技術的に無意味です。それをやるという以上、よほどアメリカに圧力をかける必要に迫られているとしか思えません。そして、この試みは技術的にも政治的にも成功するとは信じられません。ここはミサイルから目を離して、北朝鮮の貧窮がどれほどのものかを見極める必要があると思います。

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