戦争のテクノロジー
 この本は、1984年に日本語版が出版されたため、今となっては内容はかなり古くなりました。原書はシリーズ化され、1992年に第2版が出版され、「新・戦争のテクノロジー」というタイトルで日本でも発売されました。1993年に冷戦後の状況について解説した版が出版され、2003年には21世紀の状況についての版が出されました。著者のジェイムズ・F・ダニガン氏がお元気なら、きっと9・11以降を解説した版を執筆され、ブッシュ政権を厳しく批判するに違いありません。

 本来、「新・戦争のテクノロジー」について書くべきですが、私は初版しか持っていないため、こういう形で書評を書くことにしました。

 ダニガン氏は、民間の軍事研究家で、米政府の軍事教育機関で教鞭をとったり、顧問を務めたこともあります。また、ウォーゲームのデザイナーとしても知られ、数多くのウォーゲームを出版したこともあります。実際、ウォーゲームは戦略戦術の基本を知るためには有益です。ダニガンした関係したゲームはほとんどが紙製のボードゲームでしたが、現在はコンピュータ・ゲームに取って代わっています。日本にもパソコン用のウォーゲームは存在しますが、似ても似つかない愚物ばかりです。私がダニガン氏のウォーゲームをはじめて見た時は強い衝撃を感じました。戦争を数学的ゲームにして研究するという方法に驚くと同時に、こうした技術を持たないと、日本はまた戦争に負けてしまうと感じたものです。(もちろん、日本にも机上演習は存在しますが、市販されるようなことはありませんでした)

 この本の内容は1980年代のもので、今となってはかなり内容は古くなってしまいました。それでも、今でも読む価値があります。というのは、戦争を考える上で基本的なデータがシンプルに整理されていて、今でも変わっていないものがかなりあるからです。陸海空の三軍と戦略ミサイルについて、これだけコンパクトにまとめた本はなかなか見つけられません。それというのも、ウォーゲームでは兵器や軍隊の能力を簡単な数値にして表現します。本書でも、ソ連の自動車化狙撃師団の戦闘力は684、アメリカの機械化歩兵師団は617というように、実際の数字を並べるだけでなく簡単な数字を用いて比較しやすく紹介しています。こうした一覧表が海軍や空軍、戦略ミサイル軍についても用意されています。普通、兵器のデータは軍事マニア向けにあれこれと並べるものですが、本書では思い切った簡略化によって、複雑なデータを掌握しやすいように工夫しているのです。また、戦闘部隊だけでなく、補給や整備に関する記述、世界各地で起こりそうな紛争についても触れています。

 ダニガン氏がデザインしたゲームの一部は、アメリカでは学校教育にも使われています。「第二次世界大戦の起源」という著名な歴史書をモデルに作られたシンプルなネゴシエーション・ゲームは、外交交渉がどんなものかを知るために役に立ちます。このゲームでは、プレイヤーはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシアの国家元首になり、自らに与えられた政治目標を達成するよう努力します。ポリティカル・ファクターという仮想上の政治力を、指定された国に指定されたポイント数だけ確保する、または指定された国が確保しないように配置していきます。他国のポリティカル・ファクターは攻撃して破壊することもできます。達成すべき目標は他国のそれと複雑にからみあっており、状況に応じて工夫する必要があります。短時間で遊べて、実に学習効果の高いゲームでした。最近の日本の外交を見ていると、政治家や外務官僚にこうしたゲームをやらせて、少しは他国の狙いを読み、自国の利益を最大にする術を勉強させたいと思うほどです。

 なお、ダニガン氏の本には、ほかに「戦争回避のテクノロジー」「国際紛争の読み方」があります。ただ、「戦争のテクノロジー」は翻訳が良質とは言えず、専門用語の訳し方は褒められません。たとえば、「アクティブ・ソナー」「パッシブ・ソナー」と訳せばよいところを「積極的ソナー」「消極的ソナー」としています。しかし、こうした問題を差し引いても、本書は極めて有益なガイドブックです。「新・戦争のテクノロジー」の方では、こうした誤訳は修正されているかも知れませんが、シリーズ全体の翻訳の質も出版当時あまり評価されていなかったのを記憶しています。
(2006.9.5)


 その後、この本の原書「How to make war」は版を重ね、2003年に新版が刊行されました。ダニガン氏は、これ以上の改訂版を出す予定はないそうです。ご参考までに下に原書をご紹介しておきます。(2006.12.25)

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