アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第6回
潜水艦乗員からの虐待は本当か

 

 ザンペリーニとフィリップスはクェゼリン島で拘束中に潜水艦乗組員から暴行を受けます。これについても丸谷はまるで見当違いの主張を繰り返します。

『日本軍』28~29ページ

 ザンペリーニ氏に対するこの島での激しい虐待は、まだ続く。生物化学兵器だけでなく、デング熱でボロボロになって倒れているザンペリーニ氏を、クェゼリン島に新たに入港した日本の潜水艦乗組員数十人がやってきて襲撃し、彼らを石や棒切れで袋だたきにするのだ。もちろん、なぜ彼らがそんなことをやったのかとか、そもそも彼らが潜水艦勤務者であることを氏がどうして知りえたのか、という点は不明なままだ。
 なぜかザンペリーニ氏は、潜水艦乗組員らによく襲われる。前述の「ココナッツ細菌注射」の三週間ほど前、氏は別のアメリカ人捕虜一名と共に、八〇から九〇人もの日本海軍潜水艦乗組員らに集団で襲われている。各乗組員から一人あたり三〇秒程度、殴る蹴るの激しい暴行を受けたのだという。これだと、単純計算でザンペリーニ氏らはそれぞれ二〇分以上も連続で殴られ続けたことになるが、それも骨を折るなどの大怪我をした形跡はない。それとも、日本海軍潜水艦の乗員らが、ひ弱すぎたのか。

 暴行の内容はかなり間違って説明されています。

『Unbroken』191~192ページ

 As Louie and Phil lay in their cells one day, they heard a commotion outside, the clamoring sounds of a mob. Then faces pressed into Louie's door window, shouting. Rocks started flying in. More men came, one after another, screaming, spitting on Louie, hitting him with rocks, hurling sticks like javelins. Down the hall, the men were doing the same to Phil. Louie balled himself up at the far end of the cell.
 On and on the procession went. There were eighty, perhaps ninety men, and each one spent some thirty seconds attacking each captive. At last, the men left. Louie sat in pools of spit and jumbled rocks and sticks, bleeding.
 When Kawamura saw what had happened, he was livid. He explained that the attackers were a submarine crew stopping over on the island. When Louie was taken to interrogation, he complained about the attack. The officers replied that this was what he ought to expect.
 ルイとフィルがある日独房に横たわっていた時、彼らは外に騒がしさを、集団が騒ぐ物音を聞いた。それから顔々がルイのドアの窓に、叫びながら押し込まれた。石が飛び込み始めた。より多くの男たちが来て、次から次へと、叫んで、ルイにツバを吐きかけ、彼に石をぶつけ、槍のような棒を投げた。廊下の先では、男たちはフィルに同じことをしていた。ルイは独房の遠い側の側の端で体を丸めた。
 延々と行列は続いた。80人から90人くらいの男たちがいて、それぞれがそれぞれの捕虜を攻撃するのに約30秒間を費やした。とうとう男たちは去った。ルイは唾の水たまりと散乱した石と棒、血の中に座った。
 カワムラは起きたこと見ると激怒した。彼は攻撃者たちが島に滞在中の潜水艦の乗員だと説明した。ルイが尋問を受けた時、彼は攻撃に文句を言った。将校たちはこれは彼が予測すべきことだと答えた。

『Unbroken』193ページ

 Louie drifted into a febrile fog. Time slid by, and he felt little connection to his body. As he lay there, feet tramped outside, livid faces appeared again at the door, and Louie felt himself struck with rocks, stabbed with sticks, and slapped with wads of spit. A new crop of submariners had come.
 Louie floated through it, too sick to resist. The faces streamed past, and the stones and sticks cracked off his burning bones. Time passed with merciful speed, and the abuse was soon over.
 ルイは発熱による靄の中にはまり込んだ。時が流れ、彼は体に微かな接触を感じた。彼がそこに横たわっていた時、外で足が踏みならされ、土色の顔が再びドアに現れ、ルイは石で打たれ、棒で刺され、大量の唾をかけられるのを感じた。潜水艦乗組員の新しい群れが来た。
 抵抗するには具合が悪く、ルイはそれを受け流した。顔々が通り過ぎ、石と棒は彼の痛む骨を打った。時は慈悲深い速度で通り過ぎ、虐待はすぐに終わった。

 丸谷が虐待の順序を逆に書いているので分かりにくいのですが、原作の191~192ページの描写がココナッツ注射の3週間前に起きた虐待です。丸谷が「殴る蹴る」だったという虐待は2回目の虐待と同じで、日本兵は一度もザンペリーニに触ってすらいません。ドアの外から攻撃しただけです。狭い窓を通じての攻撃ですから、全力の攻撃ではなかったはずです。

 「Kawamura(カワムラ)」というのはキリスト教徒の日本兵で、密かにザンペリーニに親切にしていました。彼が日本兵が潜水艦の乗員だと教えてくれことを、丸谷はまったく理解していません。

 暴行の理由は軍事知識を持つ者なら簡単に推測できます。暴行は尋問の前段階として行われたのです。2004年にイラクで起きたアブグレイブ事件は、米兵がCIAの指示で多数の捕虜を虐待した事件でした。兵士が捕虜を裸にして屈辱的な姿勢をとらせ、捕虜の信念をぐらつかせてから、CIAが水責めのような本格的な拷問と尋問を行いました。事件が発覚すると、CIAと違い米軍はジュネーブ条約を守る必要があるため、米兵だけが裁判にかけられるという不公正な結末を向かえました。実は暴行が行われた理由も『Devil』を読むと一目瞭然なのです。虐待が起きた翌日の描写を見てみましょう。

『Devil』「Execution Island」

 The next day I was again taken to the intrerogation room. I found everyone chatting and grinning. My face was still caked with blood from the free–for-all. I'm sure the ranking officers considered this a clever, strategic move. After the submarine crew had humiliated us, perhaps our spirits had broken.
 翌日、私は再び尋問室へ連れて行かれた。私は誰もがおしゃべりをしてニヤニヤと笑うのに出くわした。私の顔はまだ大騒ぎによる血で厚く覆われていた。私は上級将校がこれを賢い戦略的な手立てと考えているのを確信する。潜水艦の乗員が私たちに屈辱を与えた後、おそらく我々の精神は打ち砕かれた。

 ザンペリーニ自身も暴行が殴る蹴るではなく、恥辱を与えるために行われたことを理解しているのです。状況をまったく理解していないのに、丸谷は日本の潜水艦乗りは捕虜に優しくて暴行などしないという実例を、米海兵隊の撃墜王グレゴリー・ボイントン少佐の著作から引用しています。

『日本軍』29ページ

(前略)潜水艦の中に入れられた少佐は、英語ができる日本の衛生兵から、「本艦にいるかぎり、なにも心配せんでよろしい」と告げられたが、ラバウルに入港するまでの間、クッキーやら甘いお菓子やら、そして「チェリー」という煙草とマッチまでもらったという。
 彼は、「捕虜だった全期間を通じて、このときの扱いが最高だった」と言っている(後略)。

 ザンペリーニたちも救助された水上艦で同じ体験をしているのです。彼らは丁寧な治療を受け、食べきれないほどの食べ物を与えられました。この様子は3ページ近くにわたって記述されています。ここではいくつかを紹介します。

『Unbroken』179ページ

 He was inside an infirmary, lying on a soft mattress on an iron bed. Phil was on a bed beside his. There was a small window nearby, and through it, he could see Japanese soldiers thrusting bayonets into dummies. An officer spoke to the Japanese surrounding the castaways, then spoke in English, apparently repeating his statement so Louie and Phil would understand him.
 "These are American fliers," he said. "Treat them gently."
 彼は鉄のベッドの上の柔らかいマットレスに横たわり、医務室の中にいた。フィルは彼の隣のベッドにいた。近くに小さな窓があり、それを通じて、彼は日本兵が銃剣を標的人形に刺すのを見た。将校が遭難者を囲む日本人に話し、ルイとフィルが理解するように言葉を繰り返したようだが、それから英語で話した。
 「アメリカの飛行士たちだ」と彼は言った。「丁寧に扱え」。

『Unbroken』180ページ

 Louie and Phil stayed in the infirmary for two days, attending by Japanese who cared for them with genuine concern for their comfort and health. On the third day, the deputy commanding officer came to them. He brought beef, chocolate, and coconutsa gift from his commanderas well as news. A freighter was coming to transport them to another atoll. The name he gave sent a tremor through Louie: Kwajalein. It was the place known as Execution Island.
 "After you leave here," Louie would long remember the officer saying, "we cannot guarantee your life."
 ルイとフィルは彼らの快適と健康を心から心配して世話をする日本人が付き添い、2日間医務室に滞在した。3日目、副指揮官が彼らに来た。彼は指揮官からのプレゼント、牛肉、チョコレート、ココナッツをニュースと共に渡した。輸送艦は彼らを別の環礁へ運んでいた。彼が伝えた名前はルイの中におののきを送った。それは処刑の島として知られる場所だった。
 「君たちがここを去った後」ルイは将校が言うことを長く記憶した。我々は君たちの命を保証できない」。

 ボイントン少佐とザンペリーニたちの体験は実は大差ありません。艦上で日本兵が陸上とは比べものにならないほど親切なのは、どちらの体験にも共通しています。船の中では優しい日本人は陸上では掌を返したように冷たいのです。

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