アンチ『Unbroken』本の虚構に反論する 第4回
鮫と闘って勝てた理由

 

 漂流中にザンペリーニは鮫を捕まえ、その肝臓を3人で分けて食べました。しかし、丸谷はこの場面も怪しいと主張します。

『日本軍』23~25ページ

 日本の爆撃機からの攻撃をかわしたある日、ザンペリーニ氏は、フィルという仲間とマックという別の搭乗員の三人で引き続き漂流していたが、ボートの周りを体長二・四メートルもの巨大なサメが二匹、ぐるぐると泳ぎ回り始めた。マックはこの時までに、栄養失調と水不足などで完全に衰弱しており、昏睡状態にあった。その隣で、ザンペリーニ氏はボートのすぐそばを通るサメに手を出し、その肌を触ってみたのだが、直後にサメは姿を消してしまった。しかし、ホッとするのもつかの間、なんとその次の瞬間、それら二匹のサメがザンペリーニ氏らに向かって攻撃を開始、水中からボートの中に連続で飛び込んできたのだ。
 ザンペリーニ氏らはこの巨大な二匹のサメと必死に戦ったが、そのうちの一匹にまさに噛みつかれそうになった。その瞬間、別の角度からボートのオールが空を切ってサメを一撃し、これを海の中にたたき落とした。それをやったのは、なんと今しがたまで昏睡状態にあったはずのマックだった、という。しかし、サメたちの攻撃はやまなかった。海にたたき落とされてもなお、二匹のサメは再びボートの中に飛び込んできて、男たちに噛み付こうとしたのだ。
 救命ボートの内は長さ一・八メートル、幅が六〇センチしかない。シングルベッドより小さなサイズだが、そこにはすでに身体の大きい三人のアメリカ人航空兵が乗っている。そんなボートの中に、さらに体長二・四メートルものサメが二匹も飛び込み、オールを持った三人の男とそこで数分にわたる大立ち回りを行ったというのだが、この記述もあまり真実味がない。物理的にもあり得ない話だ。
 サメたちは、結局ボートの上での格闘戦をあきらめるが、今度はザンペリーニ氏がサメをおびき寄せるために、ボートから膝を突き出した。そこにちょうど、途中でこの戦いに参加した小型の一・二メートルほどのサメがやってきた。それが噛み付こうとした瞬間、ボート上のザンペリーニ氏がその尻尾を捕まえ、サメをボートの上に引き上げ、工具のドライバーで目を突き刺すと、サメは一瞬で絶命したという。十数日間、まったく食べるものもなかった肉体で、よくもまあ体長一・二メートルもの重いサメの尾を掴んで引き上げられたものだと思う。

 ここでも出来事が不正確に説明されています。3人全員が同時に鮫と闘ったというのは誤りです。鮫に襲われる少し前、ザンペリーニとフィリップスは爆撃機の銃撃で穴が開いたボートを修理し終わり、現在位置を推測する議論を展開していました。その後、フィリップスは眠ってしまいます。その場面は次のように書かれています。

『Unbroken』167ページ

 Louie sat awake, looking into the sea. Phil was asleep. Mac was virtually catatonic.
 ルイは目を覚まして座り、海の中を見ていた。フィルは眠っていた。マックは実質的に昏睡していた

 鮫が現れる直前は、目覚めていたのはザンペリーニだけであることが分かります。鮫が攻撃を始め、ザンペリーニが応戦を始めると、マクナマラが目覚めて加勢しました。

『Unbroken』168ページ

 Louie was recoiling when he saw an oar swing past, sending the animal backward into the ocean. To Louie's surprise, it wasn't Phil who had saved him. It was Mac.
 オールが振り抜かれて、動物を海中に後退させたのを見た時、ルイは後ずさりしていた。ルイが驚いたことに、それは彼を救ったフィルではなかった。それはマックだった。

 そして、闘いが終わった時にフィリップスが目覚めました。

『Unbroken』168ページ

 Phil, who had been startled awake but had been unable to help because there were only two oars, started at them in groggy confusion.
 "What happened?" he said.
 フィルは、驚いて目を覚ましたもののオールが2本しかないために手助けできなかったが、朦朧とした混乱の中でそれらを開始した。
「何が起きた?」と彼は言った。

 こういう展開が丸谷の解釈では3人が同時に鮫と闘ったと変わるのです。原作は「真実味がない。物理的にもあり得ない」どころか、十分に合理性があるのです。

 マックは本当に昏睡状態だったのではありません。確かに、マクナマラはザンペリーニとフィリップスが現在位置を推測していた時に何の発言もしていません。

『Unbroken』 166ページ

 Mac didn't join on the prognostication. He was slipping away.
 マックは予測に参加しなかった。彼は場を外していた。

 鮫と戦うマクナマラの記述の中にも、彼が寝ていた時の様子が書き込まれています。

『Unbroken』168ページ

 A moment before, he had seemed almost comatose.
 ほんの少し前、彼はほとんど昏睡しているように見えた。

 先の記述と合わせると「昏睡」は比喩的な表現であると分かります。「昏睡」とは意識障害の最も重い状態で、外界の刺激に反応せず、反射もしなくなった状態、揺すろうが叩こうが目覚めない状態を指します。空腹と疲労で口が聞けない状態とは別物です。後日、マクナマラは死ぬ前に2人と会話もしていますから、医学上の昏睡ではないことは明らかです。

 ザンペリーニとマクナマラが鮫と闘う様子もまったく不正確です。

『Unbroken』168ページ

 Louie had no time to thank him. One of the sharks jumped up again, followed by the other. Louie and Mac sat side by side, clubbing each shark as it lunged at them.
 ルイには彼に礼をいう暇はなかった。1匹の鮫が再び飛び上がり、他の鮫に続いた。ルイとマックは並んで座り、それぞれの鮫を彼らに向かって飛び出すと打ち据えた。

 簡単に言えば、2人は「とても怖いモグラたたき」をやっていたのです。鮫が飛び出すたびに、その鼻先を叩いて海中に戻したのであり、ボートの上で格闘したのではありません。そのような描写はどこにもありません。鮫にとって、ボートの上にあがることは身動きがとれなくなることで、最善の戦術ではありません。彼らは獲物に噛みついて、海に引きずり降ろそうとしていたのです。

 ザンペリーニがサメを捕まえられた理由も、よく読めば理解できることです。これはザンペリーニとフィリップスとの共同作業でした。

『Unbroken』168ページ

 They had a little bait on the raft, probably the remains of their last bird. Phil hung it on a fishhook and strung it into the water at one end of the raft. At the other end, Louie knelt, facing the water.Smelling the bait, the sharks swam toward Phil, orienting itself so that its tail was under Louie.

 彼らはボートの上に小さな餌、恐らく最後の鳥の死骸を持っていた。フィルはそれを釣り針に掛け、ボートの端で水中に吊した。反対側で、ルイは跪き、海面に顔を向けた。餌の臭いを感じて、鮫はフィルへ向けて泳ぎ、その尾がルイの下になるように向いた。

 しかし、ザンペリーニは何度も鮫を掴み損ねて計画を練り直します。

『Unbroken』169ページ

 Soaking and embarrassed, Louie rethought his plan. His first error had been one of appraisal: Sharks were stronger than they looked. His second to fail to brace himself properly. His third had been to allow te shark's tail to stay in the water, giving the animal something to push against. He settled in to wait for a smaller shark.

 ずぶ濡れになって恥をかき、ルイは計画を練り直した。彼の最初の間違いは値踏みの一つとなった。鮫たちは彼らが見たよりも大きかったのだ。2回目は彼自身をきちんと身構えさせ損ねた。3回目は鮫の尾を水中に留めさせ、動物に押すものを与えた。彼はより小さな鮫を待つために腰を据えた。

 鮫を引き揚げるためにフィリップスが餌で鮫をおびき寄せ、ザンペリーニがボートの反対側で鮫が通り過ぎるのを待って、尻尾をつかみました。しかも彼は大きな鮫をつかみ損ねると、小さい1.2mの鮫が来るのを待ちました。よって、1.2mの鮫の重さを推定すれば疑問は解けることになり、鮫の種類が問題になります。

『Unbroken』135ページ

 The sharks, which Louie thought were of the mako and reef species, were so close that the men would only have to extend their hands to touch them.
 鮫たちは、ルイはアオザメとリーフシャーク種と思ったが、男たちが彼らに触るために手を伸ばすだけであるほど近かった。

 まずザンペリーニの観察が正しいかどうかが問題になりますが、必要な知識はあったことが分かる記述があります。ハワイでザンペリーニはサバイバル技術を身につけているのです。次の文中「彼」はザンペリーニを指します。

『Unbroken』93ページ

 He took calsses on island survival and wound care, and found a course in which an elderly Hawaiian offered tips on fending off sharks.
 彼は島でのサバイバルと怪我の治療のクラスを受け、ハワイ人長老が鮫を避けるコツを提供する課程を見つけた。

 爆撃機搭乗員は墜落時の対処について訓練を受けていますが、ザンペリーニはさらに別の講習を受けることで、自分のサバイバル能力を高めようとしたのです。彼の鮫の種類の特定は信頼してよいでしょう。

 捕獲した鮫の種類は記述がありません。大きさからいってリーフシャーク種の可能性が高いのですが、この種で現場に生息するのは、ネムリブカ、ツマグロ、オグロメジロザメなどです。ウィキペディアのデータを使い、これらの最大の個体の体長と体重を調べ、それが体長1.2mの場合に何kgになるかを試算すると、ツマグロが9.1kg、ネムリブカが10.5kg、オグロメジロザメが15.5kgです。これなら引き上げ可能な範囲です。

 鮫の大きさは他の記述からも推定できます。

『Unbroken』169ページ

 The shark swam for the bait. Louie clapped his hands around the tail and heaved it out of the water. The shark thrashed, but could neither get free nor pull Louie into the water. Louie dragged the animal onto the raft. The shark twisted and snapped, and Phil grabbed a flare cartridge and jammed it into the shark's mouth. Pinning the shark down, Louie took the pliers and stabbed the screwdriver end of the handle through the animal's eye. The shark died instantly.
 鮫は噛みつこうとして泳いだ。ルイは尾の周りに手を回し、水の外へと引っ張った。鮫はもがいたが、自由を得ることも、ルイを水中に引き込むこともできなかった。ルイは動物をボートの上へ引きずりあげた。鮫が体をくねらせ、噛みつこうとしたので、フィルは信号弾の薬莢をつかみ、それを鮫の口に押し込んだ。鮫を組み伏せると、ルイはプライヤーを取り、握りのドライバーの先端を動物の目を貫いて刺した。鮫は即座に死んだ。

 信号弾銃は「AN-M8型」のはずで、その薬莢の直径は40mmですから、鮫の顎はそう大きくないと推測できます。鮫が即死したのはドライバーの先端が鮫の脳に刺さったからです。このドライバーは万能ペンチの握り部分の先端についているもので、正確な長さは分かりませんが、そう長くはないはずです。握りの部分まで刺したとしても最大でも10cmであり、体幅はその2倍、最大20cmと推定できます。それほど大きな鮫ではなかったのです。

 鮫と戦って生還した人は結構います。2012年3月23日、奄美大島沖の南シナ海上で、はえ縄漁船「春日丸」が転覆しました。この海域にはどう猛で知られるイタチザメなどが生息しており、浮輪や木枠につかまった遭難者四人を襲撃しました。船員は両脚を鮫に噛まれながらも、体長1mほどの鮫2匹と格闘し、両腕で締め付けるなどして殺しました。この他にもインターネットで検索すると、いくつかの事例が出てきます。

 さらに付け加えますが、後の章で丸谷はこう書いています。

『日本軍』138ページ

 その種の行為に及ばなくて済んだのは、サメを捕まえて、その肝臓を食っていたからであろうが、しかしたった一度そんな肝臓を食しただけで二カ月近くも生き延びたというのは、にわかに信じがたい話だ。

 この誤読は信じがたいほどです。鮫は二回捕まえています。またもや丸谷は読み落としていたのです。

『Unbroken』169ページ

 Later, using the same technique, they caught a second shark and again ate the liver.
 後に、同じ技術を使って彼らは2番目の鮫を捕まえ、再び肝臓を食べた。

 ほかにも文中には食べ物を手に入れようとする努力や鳥や魚を捕まえて食べた話が何度も文中に登場します。本全体を読めば、それらの繰り返し現れる記述を読み落とすはずはありません。食べ物を手に入れる努力は、実際にはもっと多く行われていたと推測することも可能です。ここでは長くなるので要約した訳文のみをいくつか示します。

150ページ

 アホウドリを捕まえ、食べようとするが悪臭で断念。アホウドリを餌に体調10インチ(25.4cm)のブリモドキを釣って食べる

156ページ

 アホウドリを捕まえ、食べる。衰弱しているマックに血を飲ませる。胃から出てきた小魚を釣りの餌にして、もう一匹釣る。アホウドリは餌にして、骨は釣り針にするために乾燥させる。さらに何匹か釣る。

170ページ

 アホウドリを捕まえ、ザンペリーニとフィリップスが食べる。マクナマラに食べさせようとしたが、彼は食べられなかった。

 「にわかに信じがたい話」と書くことで、丸谷ははザンペリーニとフィリップスが死んだマクナマラを食べたのに、それを隠していると暗示しています。しかし、これだけの読み落としをしながら、そんな主張をしても信じることはできません。

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